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好きなことを見つける方法

■若者への問い

私は折にふれよく若者に質問することが「君の好きなことは何?」です。
ある若者は好きなことは何々です、と言っておきながら、一年も経てばもう変わってる。
また、好きなことはわからない、と言う答えも多いです。
何でも手には入って、物質飽和状態の今の世の中にあって、こういう答えも仕方ないのかなと思いつつ、
Mr.JIBはどうやって自分の好きなことを見つけたの?と聞かれると、
若き日の自分を振り返り、『あんな、教えたろか』と、今も変わらぬ私なりの方程式を説明する事になる。
これがたいてい説得力があるようで、皆ふんふんとうなずいてくれる。
これで頷いた若者たちが実践し成功したかどうかは別として、
では今日は私の提唱する『好きなこと発見方法』をご紹介しましょう。

■二つの真実

其の一) 興味を持ったことは即実行すること

当たり前のことだけど、みんなここのハードルをなかなか超えられないのかもしれないね。
重要なことは「即」というところ。
スピード。
興味をもった深さや広さじゃない。
ちょっとでも興味の針がふれたら、次の瞬間は調べて明日にはもうその事をやってるくらいのスピード感。
これが重要なんやね。

其の二) 飽きたらすぐやめること

そしてもう一つ重要なことは、飽きたらすぐやめること。
それがどんなに短期間でも。
意外かもしれないけれど、これが盲点。
但し、飽きるまでそれに一生懸命のめりこむ時間を体験した後の事ですよ。

周りからは『やりたがり』『うれしがり』『初物好き』
或いは『飽き性』『根気がない』『根性なし』などと言われます。
しかしそれは一切気にしてはいけません。

子供の頃を思い出して。
欲しい欲しいと駄々をこねて買ってもらったおもちゃたち。
だけど、手に入れた瞬間、もう次がほしいでしょ。
こんな感じ。

興味の赴くまま気の向くまま、何でもかんでもいくつもチャレンジし、飽きたら止め、
そうやって同じ事を繰り返し、自分の中での興味を持ち飽きる、というサイクルが出来るんです。

やがて、その中で以前にやった同じことをしようとするものが、何故か出てきます。
それをまたやってみたくなるサイクルが来る、そういうものがフツと出てくるんです。

これを何年か継続すると、繰り返しやってみたくなるものが、徐々に少なくなってきます。
この、少なくなってきたものの中にこそ、本当に自分が好きなことが隠れている場合が多いのです。
だって、繰り返し飽きても、やっぱりやりたくなってくるんです。
本当に好きな確率が高いと言えるでしょ。

私はそうやって、本当に自分が夢中になれるものを
数多い「あ、これやってみたい」の中から見つけることが出来ました。

私の場合は海と山と音楽。
そして物作りです。

そうやって若者たちに『キミもぜひやってみれば』とおすすめしている、
とっておきの方法なんです。

■好奇心をかき消す毒

でも、そんな素晴らしい方法でも、これに阻まれればどうやっても歯が立たない、
立証できないアンチテーゼがあります。
大人になればなるほど増える「毒」がアンチを生むのです。それは
『既成概念』
という毒です。
『どうせこうなる』『これは所詮こうだ』などなどの、諸々に働きかけるブレーキになります。
大人のひとにはこれだけで、まだまだ無限にあるチャンスを呑み込まれている事になります。
もったいないので気づかせてあげたいのですが、この毒はかなり猛毒で、一旦体内に入るとなかなか浄化してくれません。
大人になったら、子供のまま過ごすのは無理ですが、いつでもそこに帰れる大人で在らねば、
好奇心の扉は開かないでしょうし、そのものの本質のきらめきにふれることも出来ないでしょう。
少し身に覚えのある大人のひとは、今ここでハっと気づいて下さいね。

■好きなことが何かを考えない若者たち

好きなことが何か見つけられずに悩むならまだいい。
好きなことが何かなんて考えたこともない、という若者たちにも出逢います。

心が震えるような感動や充実感を味わってこそ、せっかく人間に生まれた意味と私は思うのです。

最後の〆は少しテーマが大きくなってしまいました。
この続きはまたいつか。

Dog House にて
Dog House にて

 

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好き嫌いがはっきりしているということ

■絶対絶対、好きな事しかしない主義。

子供のころは、嫌いなものが多かった。

勉強、習い事、家で遊ぶこと、にんじん、etcetc…
これ、子供なら普通の事だと思う。
ちなみに僕はごくごく普通の子供であったけれど、
みんなより、嫌いなものを嫌いと通しきる意思が、特に強固だった。
おかげでその根性というか精神はいまだ何も変わっていない。
しかしその良し悪しは別の話しとして、だからこそ言えることがあるんです。

好きなことは、常に外で遊ぶこと!
それも、探検ごっこみたいなもの。
荒地、防空壕、海、川、山etcetc…、
好奇心のアンテナの振るままあちこち出かけ、夢中で遊んだ。
これって、アウトドア遊びの始まりやね。
足の裏に大きなクギがささったり、足の指の間に小枝がささったり、
それは痛い目にもたくさん遭った。

海、川、池へ魚採り。
なかでも面白いのはだんぜん川遊び!
石で取ったり、自転車の発電機でうなぎを捕ったりの、楽しい毎日でした。

憂鬱な問題は、帰って宿題をすること。
どうしてもする気になれない。
気が向かないからしないなんて理屈は無いですが、
楽しくないとわかっていることを、どうしたって出来ない。
困ったものです。

まあ、一回怒られたらそれで済むだろう・・・でした。

このようにして僕はひたすらに自然の木々や海や川と触れあい、生き物と触れあい、
存分に子供時代のアウトドア遊びを心底エンジョイしていた少年でした。

大きくなるにつれ、これらの多くの体験の積み重ねで、さまざまな知恵が身についていきました。
体験から学ぶ知恵は、書物から得られる知恵とまた違う種類のものです。
僕はこれを基盤に、さらに遊びに生かしていく事になるんです。

さて、こんな風に小さな頃から子供ながらの小さなポリシーの貫きながら大人になった僕は、
もはや嫌な事はどんな事があっても出来ない体質になりました。
成人になり自分で仕事をするようになってからも、ますますこのパーソナルに磨きがかかり、
還暦になる今もやはりその精神は全く変わっていません。

むろん、そればかりでは社会生活の中では生きてはゆけないのですが、
好き嫌いが明確であることは、
自分の夢や才能への最も最短距離になるんじゃないかな、と思うのです。
今どきの若い人たちに、まず教えてあげたい事です。

これは本当に、深いテーマです。また続きは今度。

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