JIB31周年 & NISHINOMIYA TECH PRIZE2009授賞

●JIB 31st Anniversary 2009.11.23

11月23日、今日でJIBは31周年を迎えることが出来ました。
感動と感謝の内に終えた30周年の盛大なパーティからあっと言う間の一年。
この一年も、まずみなさんに「ありがとうございます」と、感謝の言葉を
心からお贈りしたいと思います。
本当に、今まで支えて下さってありがとうございます。

さて、この30周年を迎えてから今日まで、この一年は色々な事にチャレンジしてきました。
振り替えるに名付けて『原点へ戻る』一年でありました。

「アウトドアでの経験を製品に生かす」をポリシーとしている以上は、我らは「遊び」も仕事と同様という考えのもと、この30年の間も出来る限り多くのスタッフにアウトドアの体験の場を共有してきましたが、今年は、まずは再びヨットライフへ帰る事を一番に始めました。

春から始めたドラゴンクラスのチームには、社内スタッフをチームに加えました。
さらに、ドラゴンのチームだけでなく、もっと簡単なディンギーを使ってのヨットの基礎を、若手のスタッフから中堅どころまで、皆一斉にかたっぱしから教えたのです。初めて乗る者、久しぶりに乗る者、さまざま入り乱れチン起こしから鍛えた皆は、ズッコケながらもそれなりなヨットマンに成長してくれたように思います。

そして、さらにそのことにより、今年のJIBのニューデザインはより「マリン」を意識したものへとシフトしました。フラッグのデザインなどは創業当時にもうとっくにやった事ですし、ロープを使ったバッグなどもよく作りました。当時は他のデザイナーも皆、同じアイデアを持って実践していました。
(詳しくは「International Code Flags」の記事をお読み下さい)

それ故今年は、単に新しいものではなく、古き良き時代のものをベースとしてデザインに取り入れるという形で、デザイン・コンセプトなどをリニューアルさせ、昇華させたのです。
当時を振り返りつつ、何度も試作をしました。
それも、夜遅くまで色んなことを語り合いながら。

そんな風に試みた一年の締めくくりに、この30周年の集大成とも言える、
嬉しい出来事が起こりました。

●平成21年度西宮市優良事業所顕彰
NISHINOMIYA TECH PRIZE 2009 授賞

31周年当日の2日前の11月21日、西宮市から第3回西宮市優良事業所顕彰に於いて、
特に優れた技術力・研究開発力を有する事業所であると認められ、ジブが表彰状をいただきました。

Nishinomiya Tech Prize 表彰状
Nishinomiya Tech Prize 表彰状

●西宮市の案内ページ
平成21年度西宮市優良事業所顕彰受賞事業所決定

 

西宮市には製造関連の事業所が400社ほどあるそうです。
今年はその内の5社の中にJIBが選ばれたのです。
「優れた技術力・研究開発力」というのを言い換えれば
JIBのオリジナリティと、決してブレない軸のある企業として、公の中でも認められたという事です。
何と素晴らしい事でしょうか!

31年目に突入した今、心新たにとても充実した気持ちで居ます。
遊びにもバッグ作りにも、一層磨きをかけるつもりです。
どうぞ両方ともご期待下さい。

そして、みなさんに重ねて感謝申し上げますと共に、
今後とも、どうか応援よろしくお願いいたします!!

31周年、本当にありがとうございます。
Mr.JIB

●授賞式の模様を少しだけ

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東北・ソロツーリング<後編>

■3日目 <11月6日(金)> 盛岡~靑森経由~仙台 走行約520km

朝7時30分に起床、盛岡を8時30分にスタート。
今日の一番目の目的地は、青森県の奥入瀬渓流。
昨日、盛岡で知り合った方にここは是非行ってみて下さいと、強く薦められた場所です。
現地に着いたならばバイクを止め、少し歩いてみてくださいと。

素晴らしい景色に思いを馳せながら、東北道をひたすら青森方面へ。
東北道に入ってまもなく、左手に富士山を小さくしたような雪が積もった岩手山を見つけました。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 岩手山
Mr. JIB みちのく独り旅 - 岩手山

しばらく走った後『北緯40度』の看板を越え、八戸自動車道へと進みました。
ここまで来るともう山が深い。大きい。
全てが青々とした山にすっぽり包まれているのです。
ああだから靑森なのか、と、自分なりに納得。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 愛車 BMW 1200GS Adventure
Mr. JIB みちのく独り旅 - 愛車 BMW 1200GS Adventure

さあそして、ようやく目的地の青森県の県境を越え、10時頃八戸インターに到着。
景色を見ても何だか実感らしきものは無いのだけど、普段は全く見る事もない「靑森」という漢字の看板が、今、あちこちに在る。ああ、靑森に居るんだなと感じさせてくれるのです。

いよいよ本州最北の場所へ来たのだという実感も去ることながら。
そこから地道で奥入瀬(おいらせ)渓谷へと向かいます。
ちなみに、ここは、ここだけ時計がゆっくり流れているような町でした。
ひたすら、ゆっくりなんです。
ドライバーは制限速度以下で走り、抜くこともせずゆっくりと。
皆、急ぐ人など誰も居ない(本当は居るんでしょうけど!)感じ。
不思議な時の流れに身を任せていると、自分もなんだかゆったりしてきます。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 12時前に奥入瀬渓流に到着。
Mr. JIB みちのく独り旅 - 12時前に奥入瀬渓流に到着。

そこで僕を待っていたのは、本当に、教えてくれた人の言葉通り、感慨深い素晴らしい風景でした。澄み渡る空気と澄み切った清流が、延々と続くのです。
地面とほぼ同じ高さの渓谷は、自然のありようそのままを感じさせてくれ、ちょっと関西では出逢う事の出来ない景色です。
残念な事に紅葉はもうすっかり終わってしまっていましたが、その景色の素晴らしさはとても言葉でも伝えきれません。
ここは、自然界の生き物たちの休息の場所なんだなという感じがします。
十和田湖から注ぎ込む渓流の水の透明度は、同じ透明でも質が違うように見えます。
僕たちが知ってる自然の山々は、どれだけ山深くても人の気配というのがどこかしこかにするものですが、
ここは、観光客もたくさん見かけたのですが、それでも人間の気配が少ない。
ゴミなんかも当然、全くない。

ここは本当に、みんなに見せてあげたいと思った場所です。
ここは本当に、みんなに見せてあげたいと思った場所です。

バイクを止め、少しその渓谷沿いに歩いてみました。

ここまで西宮から約1250km。ずいぶん遠くまで、あっという間に来てしまいました。
この場所へ来られただけで、この旅はもう充分、達成し満足だと思いました。

ちなみにこの地では、僕たちの知っている『動物注意』の看板は全て『熊注意』です。
至るところに、この看板が登場します。あんまり歩いていたくはないですね(笑)。

昼過ぎに、最終目的地であり、旅の折り返し地点の十和田湖到着。奥入瀬渓谷があまりにも素晴らしく、まだ余韻に浸っていたせいか、有名な十和田湖が何だか普通の湖にしか見えません。
ここで、現地の方と少しお喋り。
昔はもっとヒメマスが捕れたとか、おたくは何処から来たのだとか、ここでもまたやわらかな東北弁が心地よく耳に響きます。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 十和田湖
Mr. JIB みちのく独り旅 - 十和田湖

余談ですが、現地の方に聞いた話しでは、東北弁はどうしてあんな喋り方になるか、という理由があるそうです。冬になると外気が冷たいから、口をなるべく閉じた状態で喋れるように喋ると、あの喋り方になるのだそうです。へ~なるほどですね!

そんな会話を楽しんだ後、再び十和田湖を秋田側へ回り東北道へ戻りました。
ここからは、はるか南を目指す遠い旅の始まりです。

さてふと考えると、ここまで走ってきて、東北地方でまだ一度も走ってない県が一つ残っていました。
それが山形県でした。
『全ての都道府県の地面を一度は踏む』
という、大切な目標達成の為に、ここは是非ともやり遂げねばなりません。
そこで、知人も居て以前から興味深い街であった仙台を、この日の宿泊地に選びました。
仙台ならば、山形までは目と鼻の先です。
全ての都道府県を踏む偉業達成は、明日の楽しみとして、一路仙台へ。

午後5時頃、仙台の街へ到着。

仙台は都会だ、と聞いてはいましたが、聞いていた以上にとても都会!
この旅で訪れたどんな地方都市よりも秀でて、とても洗練された印象を受けました。
現地の知人数人に連絡を取り、夜には彼らと落ち合いました。
牛タン料理、バー巡り、そしてここでも外せない寿司屋でシメ。
よく食べ笑い、やっとホテルに戻ったのは午前4時前くらい。
やれやれ、よく遊んでしまった。
これは明日ちゃんと起きられるかどうか、ちょっと心配になってきました。

■4日目 <11月7日(土)> 仙台~山形経由~西宮 走行約1000km

朝10時に起床、すぐさま仙台をスタート。

夕べの楽しい余韻にひたる間もなく、次なる目標達成の為に出発。
東北自動車道から山形自動車道へと、約40kmのショートトリップ。
あっという間に山形ICに到着。
もう本当に「デン
」って付いただけ(笑)
それでもいいんです、大目標達成!!
これでやっと気が済んだ僕は、一路目的地を西宮に。
帰りはウロウロせず、ひたすらまっすぐ帰るだけ。
どこまで走れるかわからないけれど、疲れたらそこで一泊する事を念頭に置き、
出来る限り走りきろうと決めました。

11時、山形をスタート。
さぁ走るぞ!

僕の旅にずっと付き合ってくれたビッグバイク、BMW GS1200RS Adventureは
本当に快適そのもの。
走る事に何のストレスもなく、ただただ快適に僕を走らせてくれました。

そのおかげで、京都近くで渋滞に遭いつつも、夜10時頃、西宮に到着!
何も言わずに帰ってきたので、DOG HOUSE営業中で残っていたスタッフの驚く顔を楽しみながら、
ひとまず旅の無事を乾杯。

本日の走行距離は1000kmを少し越えましたが、まだ充分に体力は残っていました。
つくづく、僕ってタフやなって。

Mr.JIB みちのく独り旅 - ルート
Mr.JIB みちのく独り旅 - ルート

■東北は、あったかだった。

齢60歳にして今回、本当に生まれて初めてその地を踏みました。
そして、改めて感じた事があります。
それは、東北の人々がとても暖かだったこと。
少なくとも僕はそのように強く印象に残りました。
思うに、自然環境が厳しい土地の人々は、五感が研ぎ澄まされているからではないでしょうか。
寒ければスイッチ一つで暖房、熱ければエアコン、快適な家や車、安全な街、そんなものに囲まれて生きているわれわれ都会人が、失してしまった本能に近いところにある「五感」が、とても敏感なのではないかと思います。だから、人をいたわり思いやる心も深く細やかなのだろうかと。
素晴らしい土地のみなさん、短い触れあいでしたが大変お世話になり、癒されました。

ありがとう!

■旅の終わりに

僕がこの長距離の旅でつくづく感じた(思い出した)事は、旅の時間が大変だったものほど、充実感が大きいということ。
これはもうずいぶん若い頃から、ヨットで何度も体験していること。
今の時代は海外でも飛行機であっという間に何処でも行けるけれど、わざわざヨットで何週間もかけて行く。そのプロセスの中に在る時間こそ、宝なんですね。
心の中にどんどんあったかい熱い想いがこみあげてくる、この充実感です!

人生だって同じですね。

何時間もかかってやっと辿り着いた靑森の山に立ち、同じような思いを体験出来ました。

限られた休暇や色々な制限の中、時間のかかる旅が出来る人は、そうそう誰でもというわけにはいかないかもしれません。でも、ぜひ一度はみなさんも、このような「時間のかかる旅」の醍醐味を味わってほしいと思います。

次の旅は鹿児島県、指宿の予定です。
今度は、日本列島の南を目指す旅です。
砂蒸し風呂でも入って、またいろんなおもしろいこと考えよう。
次回の旅の話しもお楽しみに。

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東北・ソロツーリング <前編>

■突然、旅だったわけではないんです。

さて、僕がAdventureというバイクを手に入れたお話は以前しましたよね。
還暦、赤いちゃんちゃんこの代わりに赤いバイク、というやつです。

今年の春からこの秋まで、ひたすらずっとヨットが中心の時間を過ごしてきましたが、
僕の心にはいつもバイクの灯りも種火のように消えずにありました。
それが、この旅なのです。
一人馬を駆り見知らぬ土地へ旅する、これこそこのビッグオフに似合うツーリングスタイルだと、
最初からイメージが出来ていました。
僕は久々のヨットに夢中になりながら、このイメージを現実のものにすべく、
今か今かとタイミングを見ていました。

また、僕はたいてい、日本中の色んな場所に行っています。
でも、東北地方だけは、今まで訪れる機会がありませんでした。
関西の方ならおそらくそんな方は多いのではないかなと思います。
飛行機やフェリーが使える九州や沖縄より、きっとずっと遠い存在なのでしょう。
日本人でありながら、都道府県の全ての地を踏んでいない事実。。。
これを解消するのが、僕の目標でした。

この二つの目標達成を果たすという目的は、もう今を逃せば難しいという季節になった今、
遂に決行する運びとなったのです。

■みちのく一人旅の掟

僕が決めたルール、それは

1)11月4日から7日までの4日間の予定で
2)バイクで走るのは日暮れまで、そしてそこで泊まる
3)1日のノルマ走行距離は600km(目標!)

という事でした。したがって一切、予約はしない。
何て贅沢な自由な響きでしょう!
でも、泊まるのは美しい山々に囲まれた温泉旅館ではなく、都心のなるべく設備のいいシティホテル。
理由は簡単。
温泉旅館は都心から離れていて、夜が退屈です。
ホテルの場合、食事にしても選択肢が広いし、バーに行けば、土地の人から色んな情報を得ることができます。

そして、何と言っても
「一人旅」
これが最高です!

いつものように、先導して道や他のメンバーを気遣う事もない、
気を遣うのは、自分のバイクの安全運転だけです。
自由な旅の快適さは、自由にどこまでも行きたいというヨットの旅のモチベーションと似ています。
夜にせよ昼にせよ、いろんなハプニングがあります。
それもまた、楽しみの一つ。
最終目的地は青森県の十和田湖へ、
いざ出発!

■1日目 <11月4日(水)> 西宮~富山 走行約370km

この日は、その週頭にきていた寒波も緩み、穏やかな晴天。
空はこの上なくすっきり透明な青空、まさに旅立ちに相応しい天気の中、
両方のパニアにざっくりと荷物を詰め、ナビをセットし、西宮を昼の12時スタートしました。

名神西宮ICから勢いよく向かったのは、彦根のバイク用品屋さん。
ツーリング用のパンツを一本調達するつもりがお店の定休日。
やれやれ。

気を取り直して米原まで走り、そこから北陸道へと乗り継ぎます。
福井、金沢と走り抜け、快調に走り続け、
4時くらいになると、早速夕暮れの気配が漂い始めるのです。
少し北の国に来たのだなという思いや、冬が近いのだなと感じる一日時間のスピードです。
西宮から遠く離れてきた事を実感させてくれます。
うわ、この辺は日が暮れるのが早いな、と思い始めた時まさに、
ふと、北アルプスの山の景色が目の前に横たわり、はるか前方に見える立山連峰の冠雪部分が、濃いオレンジ色に輝き始めたのです。夕陽が反射してそれを、雪の白い部分が受け止めて反射しているのです。三千メーター級の山々のが目の前に広がり一斉に輝き出し、それらがどんどん近づいてくるのです。本当に例えようもなく美しい光景です。
ヨットでも今までさんざん素晴らしい夕陽を見てきましたが、この雄大な景色はまたひと味違う素晴らしさです。
なにぶん走行中でしたので、写真も何もないのですが、例え写真を撮っていたとしても伝えきれないでしょう。兵庫県では味わえない、至福のひとときでした。

そしてそのまま、誘われるように富山の町へ降りたって、この日の滞在地となったのです。

さあ今夜は以前から印象の良い富山の町で、美味しい海の幸を食べるのだ!ということで、
まずは市内のホテルの界隈まで直行し、5時過ぎにはホテルにチェックイン。
スタートが遅かったのでこの日はそんなに距離を稼げませんでしたが、焦っても仕方ない。
もう心は北陸のご馳走村へ!

少し休憩したあと、ブラリ飛び込むのは当然、地元の魚料理の店。
何となくどことなく、看板を見て、会話の出来そうな感じのお店を選びます。
白エビ、甘エビetcetc…、僕の知っている富山の町の海の幸が、生唾を誘います。
まぁこの辺りでは、何度か来た経験上では、海鮮フードでのハズレ無しです。
たいがい、満足のいく美味しいものと出会える町です。

その後は、忘れてはいけないジャズのライブハウスへ行き、地方なりの夜の楽しみを満喫。
(『Cotton Club』というライブハウスでした)
その後は続けて、今年のヨットレースで一度富山に来た時に訪れたバーへ。
(『meine』という素敵なバーです)
お客様同士が楽しんでいる雰囲気が心地よい、地方のゆったりした夜を楽しんだのです。

今日は走行距離が400kmにも満たず、ノルマ達成ならず。
しかしソロ・ツーリングの気楽さと開放感、それに走行距離から、本日の疲労感はほとんど無し。
明日から早く出発して距離を稼がねば、と思いつつ。

■2日目 <11月5日(木)> 富山~盛岡 走行約680km

朝7時30分に起床し、ルームサービスで朝食。
人がざわざわ居る場所で食事というのが、どうも苦手な性分で。
ちなみに、ホテルの朝食の定番、コンチネンタルブレックファーストというやつです。
旅の疲れを癒し開放感を味わうのに相応しい、今どきの若者風に言えば、朝の「プチ贅沢」の後、
早々8時30分にスタートしました。

日本海を左に見ながら北陸自動車道を北へひた走る。
午前中に新潟を通過しないとと思いながら、延々と続く海沿いの道はなかなか走りごたえがあるものです。また、いつもの冬の日本海の、どこかもの淋しい独特の景色とは違って、この日は穏やかでとても気持ち良く走行出来ました。

11時には新潟のジャンクションを過ぎ、磐越自動車道へと乗り継ぎ、横に短い日本列島をしばし横断です。
本当に、山の中をまっすぐ横断するように、山、山の景色です。
両脇にはススキがゆらめき、あっという間に会津若松まで走り、
ちょうど昼頃、福島県の会津磐梯山のふもとのサービスエリアで昼食をとりました。

会津磐梯山とGS:背景にうっすら見えているのが会津磐梯山
会津磐梯山とGS:背景にうっすら見えているのが会津磐梯山

会津富士と言われるだけあって、磐梯山はなんとも整ったデザインの山です。
そうそう何度も出会えないだろう景色が、高速道路の両脇にパノラマのように続きます。
いちいち感動なんてしている余裕はなく、ただただ、目標に向かってまっしぐらに走るのみ。

でも、ちょっと変な景色とも出逢いましたよ。
磐越自動車道に入ってすぐに、メリーゴーランドが出現。
こんな田舎で一体誰が乗んやろか、というような場所で。
あと、会津若松付近では、巨大な観音様と出逢いました。淡路島にあるようなやつです。
自然のものだけでいい景色の中に現れた、いかにも作り物っぽい雰囲気に、ちょっと興ざめ?です。

さて、ここからいよいよ本州の北へと一気に目指す事になるわけですが、天気予報を聞いているとどうやら目的地方面の雲行きが怪しくなっているようです。当初の予定では、日本海沿いに山形〜秋田〜青森と走る予定でしたが、あいにくその方面は雨ということなので、太平洋側にコース変更。
やっと、青森へ続く道、東北道に乗り継いだのです。

福島、宮城、岩手とただただ変わる北の景色を見ながらひたすら走り、次は靑森、いよいよ靑森と思いを馳せながら。

ちょうど花巻を過ぎた午後4時過ぎ頃、今日は盛岡泊かなと考えていると、いきなり激しい雨に降られてしまい、びしょびしょに。高速道路走行中のため、カッパを着るタイミングなどあるはずもなしで。まあ、ツーリング中に濡れるのはつきもの。これも楽しいエピソードと思いつつ。
やはり北の国は季節はもう深い秋、すれ違うバイクなどほとんどありません。
もうここで今日の旅は終わりにしようと5時ごろ盛岡に到着。
雨の中、市内へホテル探しに直行!
市内で一番最初に見つけたホテルへ飛び込んで、チェックインを済ませたのは6時前くらいでした。

ボトボトに濡れたウェアを脱ぎ捨て、ハンガーにかけエアコンで乾かし、
自分もしばらく休み、まずはひとごこちつかせ、まもなく市内を散策にサッと出かけたのです。

今日はだんぜん、東北の郷土料理を晩飯に!と思っていたのですが、
やはり「ある理由」から、今日も寿司屋を探す事にしたのです。
初日と同様、何となくどことなく良さそう、というのを、お店の看板や雰囲気から判断し、
天然の嗅覚で飛び込んだ店は、たいていハズレはありません。

しかし店内では、僕が一言喋ると、店の人やお客さんが「関西からですか?」と近寄ってきてもう大騒ぎ。
すぐにその場は盛り上がり、あっという間にうち解けてしまいました。
それに、店の中は東北弁であふれ、なんともいえない暖かい空気なのです。
東北弁を真似したくっても、もうどうやっても僕には真似出来ないから残念なんですが、
大人も若い人も、みんなあのズーズー弁なんですが、それがなんとも心地よいのです。
関西にとても興味を持っているアルバイトの女の子も居て、僕にあれこれ話しかけてくるんです。
ちなみに、とっても美人の女の子でした。
これって、東北美人というのでしょうね。

そこでも、盛岡のバーやジャズスポットなどを尋ねてみると、親切なお客さん達がお店まで案内してくれるのです。それらはいずれもなかなか素敵なバーでした。
そして時間の許す限り、ハシゴもしました。

余談ですが、その中で出逢った女性はみなさんどういうわけか、とても美人でした。
東北は美人が多いという話は本当でした。
それに、東北弁はとても癒される方言だなと感じました。

ちなみに「ある理由」というのはもうお判りですね。
お寿司屋さんというのは、注文する度にコミュニケーションが必須のスタイルです。
会話なくしてなりたたない、確実なお食事処が、寿司屋です。
初めての土地へ行き、情報を得たいならば、行く場所は寿司屋と決まっています。
みなさんも良ければ参考にして下さいね。

( 続きは <後編> 3日目・4日目へ )

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International Code Flags

International Code Flags

●原点を見つめ直すデザインの旅

JIBは昨年は30周年を迎え、早くもまもなく31周年を向かえます。
30周年からの一年間は『新たなJIB』をテーマに、
今までとはまた違うコンセプトでJIBのラインナップを作ったり、
新たにヴァージョンアップしたりしたりと、さまざまに試み取り組んできました。

しかし同時に、私たちがこの一年通して行ってきたことは
『原点に立ち戻り再びトライしてみよう』という事でした。

創設当初のデザインや発想を今一度見直し、今在る感性と融合させ、
まるで新しいものとしてリデザインをしたら、みなさんに喜んでもらえるのでは?と考え、
また、それが「新しいJIB」にもつながるのでは、と考えてきたからです。

創設当初は、まだJIBの事を知ってる人もそんなに居ない、
売れるかどうかもわからない、そんな時代。
だから、私たちが考えたのは、ひたすらに「楽しい」商品。
手間暇かかるとか量産出来るとか出来ないとか、難しい事をあんまり考えず、
ただただ、無尽蔵に楽しい物を次々に開発していた時代です。

とはいえ、今だって同じです。
私たちの商品は、モノ作りのこだわりが変わらない限り、ぜんぜん量産出来ません。

だけど、あの頃よりはおかげさまでお客様の数も増え、
「お客様をあまりお待たせしないで買ってもらえる」という事に責任を持たせてもらえるようになったので、
「無尽蔵に手間暇かかるもの」というのは、
通常のラインでは作りにくいものとなっていました。

それならば、そういうモノは僕が作ろう、という事で、
作ってしまったリバイバルの企画の一つが「フラッグ」なんです。

JIBの歴史の中でさらに原点をみつめ、今までの印象深い思い出を表現しようと考えたのです。

また、去年の30周年のお祝いにと、パーティに駆けつけてくれた私の友人が、
あるポーチをプレゼントしてくれたのです。
それが、まさにあのフラッグ柄のポーチだったのです。
忘れていたわけでは無いのですが、自分が以前作った「フラッグ」の商品を
その時にありありと思い出したのです。
この体験がまた、フラッグシリーズを作る大切なきっかけとなっているのです。

●マリンブーム最盛1970~80年代

JIBがスタートしたころ、世の中はマリンのデザインであふれかえっていました。
ヨット、イカリ、ロープの模様、水平さんetcetc…

コルムの腕時計で有名なアドミラルズカップというラインには、文字盤に「数字」を表すフラッグがあしらわれたデザインもあります。

Corum アドミラルズ カップ
Corum アドミラルズ カップ

しばらく経ってタグホイヤーも同じようなコンセプトで作ってきました。
リチャードジノリの食器にもあります。

ジノリの食器にもCode Flags!
ジノリの食器にもCode Flags!

いずれも、皆さんも一度はご覧になった事があるものだと思います。

その頃、もちろんJIBもポーチなどを作っていました。フラッグの柄は、なんといっても、デザイン的にもうってつけなカラフルさと可愛さなんです。

28年前のポーチの写真
28年前のポーチの写真

●International Code Flags(国際信号旗)

International Code Flags(国際信号旗)
International Code Flags(国際信号旗)

国際信号旗は一つの旗でアルファベット一文字や数字一つを表すもので、また単にアルファベットというだけでなく、そのひとつひとつに意味があります。意味さえ把握出来ていれば、この旗は、たとえ言葉が通じなくても、旗ひとつでメッセージを相手に告げることができます。

こう聞いただけで、ちょっとワクワクしてきませんか?

しかし、アルファベットならばアルファベット柄にすれば良いじゃないかと疑問にお思いになりませんか?
アルファベットならば単に文字で、それぞれの特徴を遠くから見極める事は難しい場合もあります。
それぞれの旗の柄に特徴を持たせる事で、遠くから見ても判別しやすくする為に、こんなにも柄にバリエーションがあるのです。だからこそ、デザインとして捉えた時の楽しさは、誰もが見逃せないものだという事なのでしょう。

その昔、だいたいの外洋ヨットマンは、おおかたの意味は把握しており、実際にその旗を掲げて外洋の出入国の際などのコミュニケーションで使い、言葉が違っていても旗の意味は世界共通、しかも、見れば判る仕組みなのですから非常に実用的な存在でした。

しかし現在では、衛星技術が進み携帯電話やナビなどが普及しているため、その昔、私が船舶免許や無線免許を取った頃と今とは、大きく状況が違います。今ではこの意味のある素敵なデザインが活躍する機会も少なくなった事でしょう。

●フラッグの意味を知って使う、もう一つの楽しさ

では、そのフラッグにはどのような意味があるのでしょうか。

例えば「A」旗は「I have a diver down; keep well clear at slow speed.」
「私は潜水夫をおろしている。微速で充分避けよ。」という事を表し、
「C」旗は 「Yes」  まさに「イエス」です。

例えば「K」は「I wish to communicate with you.(私はあなたと話したい)」
という意味ですので、
例えば気になる相手にこのメッセージを送ったらどうでしょう。
「(私はあなたとお話ししたいわ!)」という、なんともお洒落なメッセージが伝わるのです。

「V」「I require assistance.(あなたの援助が欲しい)」
なので、女性から男性への、さりげない告白にもなりませんか?

「U」は「You are running into danger.(あなたは危険に向かっている)」だから、
煙草をたくさん吸う人にこのメッセージを送ると、これ
もまたお洒落な警告メッセージになります。

ちなみに、私が40数年間のヨットライフで使用したのは、検疫を待ちますという意味の「Q」旗「イエローフラッグ」を2回だけです。
「Ship meets health regs; request clearance into port. (本船は健康である。検疫交通許可証を交付されたい。)」
外洋航海から帰国し、和歌山、そして小笠原諸島の父島で入国した時の事です。

このように、海上に於いて主に船舶同士のコミュニケーションに使うのが本来の目的ですが、
その意味をちょっと知っていると、アレンジして使ってみるのも、お洒落だと思いませんか。
(※但しあくまで個人的な範囲でお使い下さい)

柄が凝っていてそれぞれが可愛い、というだけでなく、このように素晴らしい意味あるものを、みなさんも使ってみると楽しいのではと考え、フラッグシリーズをリニューアルしたのです。
そんな風にこのフラッグのシリーズを見てみると、また違った楽しさが生まれませんか?

International Code Flags をデザインに取り込んだ、「Flag Duffle Bag」のページもご覧ください。

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Rainbow Seeker JPN-34 News #1

 

短い夏が終わりさっさと秋がやってきたと思ったら、
いつまでも蒸し暑い気候が続いていますね。
みなさんお元気でしょうか?
さて、今日はいよいよ僕の乗っているヨット・ドラゴンクラス
「Rainbow Seeker」の話しの続きです。

Rainbow Seeker
Rainbow Seeker

時間は少しさかのぼり今年の浅い春のはじめ。

さあ、また久しぶりのヨットライフ!と、
Rainbow Seekerに乗り始め練習開始。

久しぶりのヨットの感覚を味わいつつ、勘を取り戻しつつのセイリングは、
五感の全てを使い集中し、終わると心地よい疲労が得られます。

ドラゴンは3人一組のチームで帆走するのですが、
もちろん、この強者どもが集う西宮にはクルーの候補がたくさん集まっています。

・・・が、どうせチームを組むならJIBのスタッフだけで固めたら、どんなに素晴らしいでしょう。
そこで僕は乗り始めてすぐに、
「JIBチーム結成 → 育成 → (できれば)一勝」
が、今年の大きな目標になりました。

とはいえ、実は現在、JIBスタッフにはヨット経験者がほとんど居ない状況で、
主力メンバー2名を選抜したのですが、2名とも全くの素人。
前の記事にも書きましたが、ドラゴンという船は遊びの部分がほとんどないレース志向で、
故に知識と技術を要求されるため、そう簡単に乗りたがる人も居ないようなヨットです。
要するに、難しいんです。
それにいきなり全くの初心者にチャレンジさせようというのだから、大胆です!
でも、とにかくJIBスタッフだけでレースに出て勝つという事を目標にしたかったのです。
Rainbow Seekerズッコケチームの結成です。

そうして、僕たちは練習をスタートをきりました。

まずはそれぞれに役割を決めることから始まり、
初心者の二人には早速幾つかの重要な課題が課せられました。
すばやくロープワークができること、
ヨットの名称を覚えること、
キャットリグ(一枚帆)のディンギーを一人で乗れること、
そして動作が素早くあること、という内容でした。

彼らはそれを必死に(?!)覚え、また海に行っては実践し、
夏が来る前には何とか一人でヨットに乗れるようになっていました。

でも、ヨットというのはただ水の上を移動する乗り物ではないのです。
海でのさまざまな体験、
波や風という自然や地球といった大きな存在と今までとは全く違うアプローチで対峙することは、
さぞかし刺激的であるでしょう。
風の力を感じ、太陽のきらめきや波の揺れ、匂い、五感の全てが開いてゆくような体験です。
穏やかな湾内で練習していても、少しは「死」が近いところにあるということも、体験する事もあるでしょう。
僕にも覚えがありますから。
しかしそれらの味が病みつきになって、こうなっているわけですから(笑)
彼らが吸い込まれてゆくようにヨットと海の世界に夢中になっていく過程を
今まさに歩んでいるわけですね。
楽しくて楽しくてしようがないはずです。

さて、ドラゴンでは、私一人で操船と指導の両立がなかなか大変なので、
彼らのトレーナーとして、有能なクルーに参加してもらう事になりました。
日本チャレンジにも出場したことのあるT君で、これがなかなか爽やかで男前の好青年です。

Rainbow Seeker
Rainbow Seeker

余談ですが、僕はみなさんご存知の通り、
ヨットを始めその他マリンスポーツ、クライミング、バイク、音楽etcetc…
遊びの種目がとても多いです。
故に、さまざまなタイプの人々とコミュニケーションを持ち、リーダーシップを取り、
またお酒の文化や芸術も好きなので、その接点で集まってくる人々も居ます。
仕事の部分を含めるともっとそれは多種多様な人種たちや組織と接する機会が多いのですが、
ヨット界の人々だけは特別です。
年齢を重ねたいい大人たちが不思議な事にいつまでも毒されず、一様に爽やかです。
僕はそんな仲間たちと接する度に、心からホッとするのです。
(と言っても、今僕の周囲に居るヨットの仲間たちとは、最低でも同年代から年上の先輩方ばかりですが)
裏表のない単純な笑顔を見せるヨットマンは、まるで少年のようなくったくのなさです。
自然の厳しさや素晴らしさを体で体感したものたちが共有する連帯感なのでしょうか。

ドラゴンでの練習は実践タイプと決めていました。
いきなりレースに参加して、走り慣れようと考えました。
レースには3名で参加するルールなので、私とトレーナーそして新米1名という構成です。

最初のレースで僕はセイリングやヨットレースの勘を取り戻し、
2回目のレースからいよいよ新米ヨットマンもクルーとして参加することになりましたが、
あいにくのひどい悪天候。
新米クルーは、レースで敵と闘うのではなく、
すさまじい強風と揺れで恐怖と船酔いと闘う事で終始したのです。
しかし、そんな彼の事を笑えないんですよ。
よく頑張って、耐えていました。

ドラゴンのデッキには、ドラゴンくらいのサイズのヨットには通常装備されている落水防止の「ライフライン」というガードがありません。
強風の中オーバーヒール(必要以上に船体が傾くこと)し、バウ(船首)からドカーンと波につっこむ。
たちまちコクピット(操舵席)まで水が入り込む。その水をポンプで掻い出す。
この状況でデッキにしがみつくよう両手でふんばり、海に向かって嘔吐するのです。
(汚い話しですみません)
怖いのと苦しいの度が過ぎて、顔が笑うんです。

それでもその夜のDOG HOUSEでは、お客さんや仲間たちの前で
今日のヨットレースの事を何とも誇らしそうに嬉しそうに話ししていました。

あっと言う間に夏が来る頃には、2人とも真っ黒に日焼けし、
いっぱしのヨットマンに見えるほどになりました。
(内容はともかく!)

そうこうして、トレーナーを除く僕とスタッフ2名の、
JIBオリジナルメンバー3名ではセーリングではできるようになったけど、レースはまだまだ無理な状態です。
しかし、今年は11月のレースで、それなりの成績を挙げる事で
このズッコケチームのデビューイヤーを締めくくりたいと思っています。

我々のJIBチームが
一人前のチームになるため、勝てるチームになるため、
そんな思いを込めて、この秋からJIB製品の一部に、
我々の乗るヨットの※セイルナンバーをデザインとして取り入れました。
どうか我々に力を下さい!という思いをこめて。
そして僕たちはその責任に於いてプレッシャーをかけています。

目印しはステンシルで、

『JPN 34』

です。

みなさんどうか応援をよろしく!!
また、新西宮ヨットハーバーでJPN34を見かけたら(ヨットでもJIBグッズでも)
みんな声をかけて下さいね!

※セイルナンバー
ヨットの個体を識別する番号で所有者や管理全般を特定できる番号

JPN-34 シリーズ
JPN-34 シリーズ
JPN-34 シリーズ
JPN-34 シリーズ
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僕の音ルーツ~高校時代、大学時代から現在まで

ちょっと久々に音楽の話題を。

■リアルタイム

僕が高校生の頃は、レジェンドとなったビートルズやグループサウンズが大流行していた時代であり、
それらがリアルタイムのサウンドでした。

また言わずと知れた、加山雄三の『若大将シリーズ』は、
スキーやヨットや音楽という「武器」を自在にこなし常に女の子にモテモテ主人公。
そんな彼がその頃の僕にとっての理想のライフスタイルで、
おかげでこの後、海や山の遊びに加え、音楽の世界への導入のきっかけともなったのです。

■アメリカン・フォークとの出逢い

まだ大学生になる前、ヨットでクルージング中にしけに遭い神戸港に避難した時、
先輩が『ロストシティ(カントリーのライブハウス)』へ連れて行ってくれたのです。
そこで僕は、大変なショックを受けました。

「この楽しさは、一体なに!?!?!」

ギターやバンジョーを弾きながら歌う。
それも、コーラスで!!
みんな生き生きと楽しそうに演奏し歌ってる。
お客さんと演奏者の得も言われぬ一体感。

・・・もうとてもじっとしていられない状態でした。

とにかくそのライブハウスの体験はこの上なく刺激的で、
すぐさま僕はアメリカンフォークミュージックの虜になってしまいました。

そして、聴いてるよりも、どうしても自分でやってみたくてたまらなくなったのです。
行動の早い僕は、その日帰ってすぐ、父親に買ってもらったカメラを売り払い、
そのお金を握りしめギターを買いに行きました。
なんとも親には申し訳ないと判ってはいましたが、もう誰も僕を止められませんでした。

さてアメリカンフォークミュージックと言えば、代表的なアーチストは
P.P.M(ピーター・ポール&マリー)や、キングストントリオ、ブラザース・フォアなどで、
どのバンドもアコースティックギターと爽やかな曲にコーラス、というスタイルでした。
力強く響くハーモニーや、ノリのいいサウンドは底抜けに楽しく明るく、
また、とてもお洒落なサウンドに感じられました。

それ以降、僕は独学でギターを夢中で覚え、曲を覚え、
大学生時代はキングストントリオのスタイルで、僕はバンジョーとギターとボーカルを担当していました。
その内にさまざまなイベントに出演して演奏したりと、
ヨットと平行して、アマチュアミュージシャンとして活動していました。

人がひたむきに夢中になる、とは、いかなる状態のことを指すのか?
言葉に挙げて説明するのは難しいけれど、
もしこの時の僕の様子をお見せ出来たならばすぐにわかってもらえる事でしょう。
演奏がそれなりに上手くなったりするのは当たり前の事だと思います。
ヨットに乗らない丘での時間は、寝ても覚めても楽器にさわり、
その事しか頭になかったのですから。
おかげで今もこの時代に覚えた事は、何一つ体が忘れる事はありません。

■JIBのプライベート・カフェ(バー)

JIBを始めてから『Marina del Rey(マリナ・デルレイ)』というライブカフェを作り、
主にそのお店で音楽を演奏するようになりました。
バンドを作り、僕はいつもギターとボーカル。
オリジナル曲なんかも作って、ポプコンにも出場して上位に入ったりもしました。

Marina Del Rey 時代の Dog House
Marina Del Rey 時代の Dog House
音楽仲間たちと
音楽仲間たちと

メインの仕事としてJIBが軌道に乗り始めた頃でしたから、
もちろん、音楽はこの頃も今も、あくまでも趣味の世界の事ですが、
やるからには趣味といえどもプロをも脅かすようなアマチュアを目指したい、
・・・そんな野望が常に頭の中にあるものですから、
この当時もとてもよく練習をしていたように思います。
でも、好きで好きでたまらないわけですから、練習だって楽しいわけです。

 

こんな風に、ずっとJIBの仕事やヨットの傍らで、音楽は僕の大切な一部となっていったわけです。

震災直前には、当時ヨットを係留していたマリーナのクラブハウスに週末だけオープンするバーを作り、
新たな音楽を楽しむ場所としてその拠点としたわけです。

ところがあの阪神大震災によってその建物(その地域全体)に大きくダメージを受けた為、
震災後は、一旦休業していた本社内のバーを作り直し
『Marina del Rey』から『Bar Dog House』と名を改め再開したのです。
Dog Houseとは、ヨットのキャビンの事。
大きなヨットの心地よい我がキャビンへようこそと、まるで友達を招待するように、というコンセプトで作りました。

自分自身も年齢を重ねたように、少し大人の雰囲気でスタートした手作りの店では、
もちろん目指す音楽も大人の雰囲気のものでした。
集まってくる人々も、主にジャズメンたち。
それまで自分が聴いた事はあるけれど、演奏した事がないジャンルの音楽に多く触れる事となったのです。

■Joe SampleとCat Rig

話しは少し戻りますが、僕がJIBを立ち上げた頃、
ちょうど『クロスオーバー』というジャンルの音楽が新しく出てきた頃でした。
ジャズとロックの融合、と言われ解釈されていますが、その内容は実際にはもっと広義です。
代表的なミュージシャンではグローバー・ワシントン・ジュニアやジョージ・ベンソンなどが挙げられますが、
その中でもひときわお洒落で、尚かつ新しい感覚に満ちていて、僕が夢中になったミュージシャンが
「ジョー・サンプル」というピアニストなんです。
30年近く聴き続けている今でも彼の織りなす音楽の輝きに、飽きる事なく魅了され続けています。
本当に僕にぴったりな、刺激的で明るく心浮き立つサウンドなんです。
(お薦めです!)

この音楽と出逢った頃から、僕はドラムを覚えるようになりました。
何に対しても好奇心旺盛な事が幸いして、興味のベクトルが向くや即、実行と、まっすぐの直線で繋がり、
いつも最短距離でそれなりに覚えてしまうのです。

芦屋 Left Alone にて
芦屋 Left Alone にて
西宮バートンホールにて
西宮バートンホールにて

1990年代になって、僕はジョー・サンプルの音楽をメインに演奏するようなバンドを結成しました。
僕はそのバンドでドラムを担当し、理想のビート、理想のサウンドを追い求めるように、
有名な曲を順番にコピーをして、イベントがあると出かけていき演奏をしたりしていました。

Dog Houseというバーを作って以降は、ジャズをメインにさまざまなバンドを結成しましたが、
今現在、僕がリーダーを務めるバンドが「Cat Rig(キャットリグ)」というカルテットです。
ピアノ、ベース、ドラムス、ギターの4人編成で、僕は当然ドラムを担当しています。
皆もちろんアマチュアですが、僕を頭に3~40代のメンバーで、毎週日曜に楽しく演奏しています。

セッションとは「会話」だと思っています。

言葉の替わりに楽器というツールを使って音楽という言語で行う、
とても楽しくエキサイティングな会話です。
会話のないセッションは、誰かが話しかけても聞かず答えず返さず、と同じ意味です。
ただ干渉しあわず誰もが勝手に喋っているだけ。
そんなのは会話とは言えませんし、それならば複数人でやっている意味がありません。

Cat Rig
Cat Rig

Cat Rigというバンドは特に、その会話という部分を大切にしているバンドです。
それぞれの楽器で語り合えたら、どれだけ楽しいでしょう。
ひとりひとりがそれぞれの感性でぶつけあう。
それをぴったり感じられる瞬間が、最高にゾクゾクと楽しいのです。

 

ちなみに『Cat Rig』というのは一枚帆のヨットの事です。
Dog HouseもCat Rigも、ヨットの中の言葉です。

ヨットも音楽も、アウトドアもインドアも、仕事も遊びも、
僕の中ではあまり違いはなく、夢中になる事という意味に於いては、限りなく同義なのです。
そんな思いをこめて、いつも音楽とも向き合っています。

■やっぱり、ピアニスト!

還暦を迎えるにあたって、一度トライしかけたピアノを再開しようと決意。
ピアノを弾いてみたらこれがまた楽しくて仕方ない。
1曲をひたすら練習し、去年の30周年のパーティでは、弾き語りデビューを果たしました。
もちろん、決して上手くはありませんよ!
でも、つたなくても僕の好きな響きを丁寧に演奏する事を大切にしています。
今も続けて、少しずつ練習しているのです。

音楽は、私のライフスタイルには絶対欠かせないもの。
生涯、続けていくものと思っているのです。

Dog House にて
Dog House にて
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好きなことを見つける方法

■若者への問い

私は折にふれよく若者に質問することが「君の好きなことは何?」です。
ある若者は好きなことは何々です、と言っておきながら、一年も経てばもう変わってる。
また、好きなことはわからない、と言う答えも多いです。
何でも手には入って、物質飽和状態の今の世の中にあって、こういう答えも仕方ないのかなと思いつつ、
Mr.JIBはどうやって自分の好きなことを見つけたの?と聞かれると、
若き日の自分を振り返り、『あんな、教えたろか』と、今も変わらぬ私なりの方程式を説明する事になる。
これがたいてい説得力があるようで、皆ふんふんとうなずいてくれる。
これで頷いた若者たちが実践し成功したかどうかは別として、
では今日は私の提唱する『好きなこと発見方法』をご紹介しましょう。

■二つの真実

其の一) 興味を持ったことは即実行すること

当たり前のことだけど、みんなここのハードルをなかなか超えられないのかもしれないね。
重要なことは「即」というところ。
スピード。
興味をもった深さや広さじゃない。
ちょっとでも興味の針がふれたら、次の瞬間は調べて明日にはもうその事をやってるくらいのスピード感。
これが重要なんやね。

其の二) 飽きたらすぐやめること

そしてもう一つ重要なことは、飽きたらすぐやめること。
それがどんなに短期間でも。
意外かもしれないけれど、これが盲点。
但し、飽きるまでそれに一生懸命のめりこむ時間を体験した後の事ですよ。

周りからは『やりたがり』『うれしがり』『初物好き』
或いは『飽き性』『根気がない』『根性なし』などと言われます。
しかしそれは一切気にしてはいけません。

子供の頃を思い出して。
欲しい欲しいと駄々をこねて買ってもらったおもちゃたち。
だけど、手に入れた瞬間、もう次がほしいでしょ。
こんな感じ。

興味の赴くまま気の向くまま、何でもかんでもいくつもチャレンジし、飽きたら止め、
そうやって同じ事を繰り返し、自分の中での興味を持ち飽きる、というサイクルが出来るんです。

やがて、その中で以前にやった同じことをしようとするものが、何故か出てきます。
それをまたやってみたくなるサイクルが来る、そういうものがフツと出てくるんです。

これを何年か継続すると、繰り返しやってみたくなるものが、徐々に少なくなってきます。
この、少なくなってきたものの中にこそ、本当に自分が好きなことが隠れている場合が多いのです。
だって、繰り返し飽きても、やっぱりやりたくなってくるんです。
本当に好きな確率が高いと言えるでしょ。

私はそうやって、本当に自分が夢中になれるものを
数多い「あ、これやってみたい」の中から見つけることが出来ました。

私の場合は海と山と音楽。
そして物作りです。

そうやって若者たちに『キミもぜひやってみれば』とおすすめしている、
とっておきの方法なんです。

■好奇心をかき消す毒

でも、そんな素晴らしい方法でも、これに阻まれればどうやっても歯が立たない、
立証できないアンチテーゼがあります。
大人になればなるほど増える「毒」がアンチを生むのです。それは
『既成概念』
という毒です。
『どうせこうなる』『これは所詮こうだ』などなどの、諸々に働きかけるブレーキになります。
大人のひとにはこれだけで、まだまだ無限にあるチャンスを呑み込まれている事になります。
もったいないので気づかせてあげたいのですが、この毒はかなり猛毒で、一旦体内に入るとなかなか浄化してくれません。
大人になったら、子供のまま過ごすのは無理ですが、いつでもそこに帰れる大人で在らねば、
好奇心の扉は開かないでしょうし、そのものの本質のきらめきにふれることも出来ないでしょう。
少し身に覚えのある大人のひとは、今ここでハっと気づいて下さいね。

■好きなことが何かを考えない若者たち

好きなことが何か見つけられずに悩むならまだいい。
好きなことが何かなんて考えたこともない、という若者たちにも出逢います。

心が震えるような感動や充実感を味わってこそ、せっかく人間に生まれた意味と私は思うのです。

最後の〆は少しテーマが大きくなってしまいました。
この続きはまたいつか。

Dog House にて
Dog House にて

 

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好き嫌いがはっきりしているということ

■絶対絶対、好きな事しかしない主義。

子供のころは、嫌いなものが多かった。

勉強、習い事、家で遊ぶこと、にんじん、etcetc…
これ、子供なら普通の事だと思う。
ちなみに僕はごくごく普通の子供であったけれど、
みんなより、嫌いなものを嫌いと通しきる意思が、特に強固だった。
おかげでその根性というか精神はいまだ何も変わっていない。
しかしその良し悪しは別の話しとして、だからこそ言えることがあるんです。

好きなことは、常に外で遊ぶこと!
それも、探検ごっこみたいなもの。
荒地、防空壕、海、川、山etcetc…、
好奇心のアンテナの振るままあちこち出かけ、夢中で遊んだ。
これって、アウトドア遊びの始まりやね。
足の裏に大きなクギがささったり、足の指の間に小枝がささったり、
それは痛い目にもたくさん遭った。

海、川、池へ魚採り。
なかでも面白いのはだんぜん川遊び!
石で取ったり、自転車の発電機でうなぎを捕ったりの、楽しい毎日でした。

憂鬱な問題は、帰って宿題をすること。
どうしてもする気になれない。
気が向かないからしないなんて理屈は無いですが、
楽しくないとわかっていることを、どうしたって出来ない。
困ったものです。

まあ、一回怒られたらそれで済むだろう・・・でした。

このようにして僕はひたすらに自然の木々や海や川と触れあい、生き物と触れあい、
存分に子供時代のアウトドア遊びを心底エンジョイしていた少年でした。

大きくなるにつれ、これらの多くの体験の積み重ねで、さまざまな知恵が身についていきました。
体験から学ぶ知恵は、書物から得られる知恵とまた違う種類のものです。
僕はこれを基盤に、さらに遊びに生かしていく事になるんです。

さて、こんな風に小さな頃から子供ながらの小さなポリシーの貫きながら大人になった僕は、
もはや嫌な事はどんな事があっても出来ない体質になりました。
成人になり自分で仕事をするようになってからも、ますますこのパーソナルに磨きがかかり、
還暦になる今もやはりその精神は全く変わっていません。

むろん、そればかりでは社会生活の中では生きてはゆけないのですが、
好き嫌いが明確であることは、
自分の夢や才能への最も最短距離になるんじゃないかな、と思うのです。
今どきの若い人たちに、まず教えてあげたい事です。

これは本当に、深いテーマです。また続きは今度。

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夢日記-1《瞬間接着剤》

■瞬間接着剤

面白い夢を見た。

見たことのない部屋で僕はくつろいでいる。
と、そこへ三人の男が尋ねてきた。

一人はどうも僕が知ってるみたいだけど、思い出せない。
もう二人はブラックスーツにオレンジ(ヴーヴクリコのオレンジ)のシャツを着ていて、
何だかマフィアぽい感じだった。

一人の方が僕に何か頼みごとがあるらしく、遠慮がちな顔をして僕に話をしてきた。
僕は、そらあかん、と断った。

すると、二人の男がいきなり僕を押さえつけ、何か判らないものを僕の体に取り付けてきたのだ。
(映画『マトリックス』のシーンみたいに!)
僕のおなかに釣り糸みたいなものが付いている。
抵抗しながらその糸をで引っ張ると、まるでピアスみたいに男の耳につながってる。
僕は押さえつけられてる恐怖を感じながら、必至で抵抗していた。

そこでふと目にとまったのは、自分の机にあった瞬間接着剤だった。
僕はとっさにそれをつかみ、二人の顔にピュピュとかけた。
すると男はとっさに手を顔へ。
僕はすかさずその男の手を本人の顔にぐっと押し付けた。
二人の手は顔に着いてとれない。

片手ずつになった男を、僕は殴る蹴るでぶちのめし、警察呼べと叫んだ。
まだ来ないのか!まだか!!
・・・・

そこで目が覚めた。

なんや、夢か。

しかしこの夢、面白かったし役に立つ。
特に女性に。
と思ったのですぐメモをした。

Mr. JIB 瞬間接着剤
Mr. JIB 瞬間接着剤

※僕が見た夢の話しで実在の人物や事実と全く関係ありません

 

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還暦に赤いバイク

■赤いものを着るというけれど

少し前のブログでも触れましたが、私はつい先日、還暦を迎えました。

昔から何となくイメージしていたのは、
赤いチャンチャンコなんてまっぴらごめんで、
その日が来たならば、自分はその時の自分に相応しい、
かっこいい赤い乗り物を買おうということ。

そして選んだのが、赤い、大きなバイクでした。
それが、『BMW1200GS Adventure』という、とてつもなく大きな怪物なんです。

■話しは少しさかのぼって

若い頃ずいぶん無茶をして失くしてしまった自動二輪免許。
それ以来、バイクから離れて20数年、自動車だけの生活でした。
私がちょうど51歳になった時、
もう一度取り直そうと思い立つきっかけとなった小さな事件がありました。

ある日、僕は何を思ったかかわいい原付バイクと出逢い(ホンダのカブ)を衝動買い。
早速僕はそれに乗り、甲子園の会社から大阪へと走りました。

国道2号線を通り短時間でdoor to door。
渋滞もなんのその、駐輪場所にもそんなに困る事もない。
これは、便利!と、あらためてバイクを見直したのです。
しかしこの次、もう少し大きな幹線道路の43号線を通った時、
原付は普通自動車が順行する流れとスピードに合わせて走る事が出来ず、
非常に危険な印象でもあったのです。

よしそれならば、自動二輪の免許を取り直そう!と思い立ちました。
思い立ったならば行動の早さは皆が知っている通り。
すぐさま近所の自動二輪の教習所へ行き、親切な校長先生の指導により、
やはり教習所できちんと習って取得するべしと思い、そのまま大型自動二輪免許を取得。
今から9年前、51歳にして大型ライダーの誕生です。

■DUCATIとの出逢い

さて次なる問題は、どんなバイクに乗るかでした。
バイクなどまったく興味のなかったジャンルでしたから、
JIBスタッフに唯一居たライダーに尋ねてみた。

『どんなバイクに乗ってるおっさんがカッコイイと思う?』

ドカティ、モトグッチ、ビモータ、BMW etcetc…
知らない名前ばかりでした。

その中の一つ、ドカティというバイクを見に、
さっそく一番近くの大阪にあるディーラーを探し訪ねました。
そこで出会ったのが、真っ赤の『DUCATI996』というバイク。

一目惚れです。

とにかく、後ろから見たシルエットがたまらなくセクシーでした。
しかし、シャープな前傾姿勢を要求されるので、持病で頚椎ヘルニアがきついなと思いました。
そして、幾分姿勢が楽なポジションの『DUCATI ST4』という、真っ黒のバイクに決めたのです。
996に比べてそれほどセクシーではありませんが、
それでも他のメーカーにくらべると充分に色気がありました。

バイクの免許を取得とほぼ同時にバイクに乗り出し、夢中で走り1万キロはすぐに走破しました。
L型ツインの鼓動も力強く、マフラーを換えるとそれはさらに良くなりました。

■いろんなバイクに乗ろう

次に旅バイクを意識して『BMW F650』というバイクを中古で手に入れました。
ポジションが楽で乗りやすく、ちょうど良い頃合いで、
また、イタリアのアプリリアのボディデザインも気に入っていました。

次に250cc以下のKawasaki、HONDA-AX1、YAMAHAマジェスティ、SUZUKIバンディト、YAMHAセローetcetc…
さまざまなバイクに少しずつ乗り、色んな事もわかってきたのです。
そしていつの頃からか、将来還暦の日には自分に相応しい乗り物はバイクかな、というイメージを持つようになっていました。

去年、還暦を迎える約一年ほど前といえば、ちょうどJIBの30周年イヤーという事もあり、
非常に多忙な一年を過ごしたのですが、そんな中出会ったバイク!
それが、冒頭に書いた『BMW 1200GS Adventure』でした。
大きさといい装備といい、他に類を見ないスタイルは、たたずむ姿だけで圧倒的な存在感。
綺麗なお飾り的な機能やデザインでなく、実質的で実用的、かつ、頑強。
これぞこれから僕が一生を共に過ごすバイクに相応しい!と、
はっきりとイメージが出来たのです。

■還暦の日

還暦の赤い「バイク」 BMW 1200GS Adventure
還暦の赤い「バイク」 BMW 1200GS Adventure

そして、その将来の還暦がやってきました。
これから自分自身がいつまでも健康で逞しくいるため、僕はこのバイクと向き合いました。
試乗もせずに注文したけど(お店では現物が無い状態でしか注文出来ないバイクなのです)
乗れるのかな、足着くかな、センタースタンドから降ろせるかなとか、色んな不安があったんです。
両足のつま先が着く程度の足付きだが、走り出すと非常にのりやすい。
タイトな山道、混雑した市街地、ユーターンetcetc…何の問題もなく快適そのもの。
これはどこへ行くにも楽そうだ!
センタースタンドかけ下ろしも問題なくクリア。
これは意外と素直なヤツかもしれない、と、大変気に入りました。

 

しかしこのバイクはセクシーどころか、本当に怪物です。
それまでメインのバイクとしていたDUCATIからBMWへと、大きくシフトしたのです。
その他、トレッキング用にHONDA XR250、ちょっとした移動にVespa125と、
この3台がこれからの僕の友達となりました。

今、アドベンチャーに乗り始めあっという間に一ヶ月が過ぎ、走行距離は1000キロと少し。
これからのシーズン、ますます楽しみにしているのです。

還暦の赤い「バイク」 BMW 1200GS Adventure
還暦の赤い「バイク」 BMW 1200GS Adventure

 

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