ドラゴンクラスの古セイルを使って

こんにちは、久しぶりに書いてみようと思います。

●JIB創立当初に始めた古セイルのバッグ

古セイルを使ったバッグを、最近また作ってみました。

というのも、僕が乗っているヨット、「ドラゴンクラス」のセイルを使って
セイリングクラブのディンギーの練習用にセイルをリメイクしたり、
同じドラゴン仲間の古いセイルを使って、特別なギフトにしたりと、
特にセイリングによって使い込まれたセイルクロスの味わいを生かすことが改めて楽しく、
魅力的だと感じているからです。

さて、「最近また」と書いた通り、古セイルを使ってバッグを作るというのは、
JIBが創立当初に既に始めていたことなのです。
でも、僕が古セイルをJIBバッグのメインの資材として採用し続けなかったのには、
理由があるのです。
まずは、その当時の話しです。

それは、僕がヨットに興味を抱いた10代の頃のこと。
僕は「ドラゴン」というヨットと出逢いました。
マリーナに上架されたドラゴンを見て、その船型の美しさに一目惚れでした。
1929年に設計されたこのヨットが、僕は今でも世界で一番エレガントなヨットだと思っています。

1978年、JIBを設立した当時は、
ディンギーやクルーザーの古セイルを使ってバッグを作っていました。
しかし、当時は今の時代と違い、ヨット人口もさらに少なく、
また、簡単に情報を共有するインターネットのような便利なツールもありませんでした。
故に、古セール自体がなかなか手に入るものではなかったように思います。
一番肝心な材料が満足な量を満たせない状況では、商品の供給にも支障が出ますし、
お客様にもご迷惑がかかると考えました。

そこで僕は、販売する為の商品は新品のセイルクロスで作り、
カバンとして使って頂いている内にお客様の手によって古セイルにしてもらおうと考えたのでした。

そうです!
まさしく今のJIBの原型であり、コンセプトの一つです。

そして、古セイルを使ったシリーズは、
ヨット部の学生達のメモリアルバッグの材料として持ち込んでもらったものを、
丁寧にバッグとしてリメイクする、といった方向に変えたのです。
見た目にも「世界に一つ」のオーラをたたえ、なんとも言えないクタクタ感、
ちょっとした汚れやシワも、魅力的に生まれ変わった古セイルのシリーズは、
「自分たちが乗ったヨットのセイル」であるからこそ、また愛着もひとしおと、
大変喜んで頂いたのを覚えています。

●Dragon Class Series

そして時が過ぎJIBは11月に33歳を迎え、来年は34歳になります。
数年前に手に入れた僕のドラゴンのセイルナンバーは「JPN-34」
(以前このブログにもRainbow Seekerとしてご紹介致しました)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、来年2012年の干支は「辰」ということで、ドラゴン・イヤーと言えます。
ということで、「ドラゴン」「辰年」「34」などの符号が揃う2012年、
ドラゴンクラスの古セイルにこだわり、
様々なバッグを作ってみようと考えました。

このバッグは、何もかも徹底的に僕のこだわりを詰め込んで作ります。
また、製作に当たるスタッフは、もちろん僕と僕の艇のクルーだけで作ります。
これもこだわりです。我々のヨットに対する想いを、いっぱいに感じて頂けるように。

古セイルは材料もたくさんありませんし、
セイルをじっくり見て、どこを何に使うと一番良いものが出来るのかなど、
一つずつ細かく裁断していきますので、効率もとても悪いのです。
なので、少ししか作れませんが、楽しい物をたくさん作るつもりです。

どうか楽しみにしていて下さい!

※写真は参考商品で今現在は販売しておりません。年始より発売予定です。

※過去の関連記事はこちら↓

Rainbow Seeker JPN-34 NEWS #1

Rainbow Seeker JPN-34 NEWS #2

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1700 Dolphins@JIB芦屋店

こんにちは。

さて、一昨年の11月、フラリと出かけた串本で出逢った1700頭のイルカたち
詳細は「つれづれ」カテゴリーの「夢と憧れを形にすること」ブログご参照下さい。

そのイルカたちを、はるばる串本からお借りして、
ただ今、JIB芦屋店の店内に展示しています。

古来、イルカは『夢を運ぶ動物』とされていたのだそうです。
こんなにたくさんのイルカを連れてきた僕は、
やはり、夢を運ぶJIBのMr.JIBらしいと言って下さった方もおられます。

圧巻の1700頭
一頭一頭、躍動感あふれるイルカたちの表情、
現実にはありえない夢の世界、
膨大な時間をかけて
人の手によって作られたのだという紛れもない事実を目の当たりにして、
おそらくどなたもが驚嘆されることと思います。

今から約1ヶ月ほどは展示している予定です。
ぜひみなさん、実物と出会い、
言葉や写真ではとても伝えられない
この作者が放つ強力なメッセージを受け取って
2011年をパワフルに乗り切る為の力として下さい!

JIB 芦屋店

阪神芦屋駅
徒歩1分0797-38-8481
火曜定休

1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
1700匹のイルカ達!
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四国ソロツーリング

みなさんこんにちは。
さて、ずいぶん以前の話題ですが、今年の秋に出かけた四国のソロツーリングの事を
今年中に書いておきます。

■今年はバイクなかなか乗れなかった。

何故かって?
それはもちろん、今年はヨットのことで予定がビッシリだったからです。
なかなかバイクに乗れません。
心はヨットに在りつつも、バイクの事・・・「バイクで旅をすること」への達成願望は不完全燃焼。
やっぱり乗りたい!
どうしても旅に出たい!!
・・・・
そんな思いで、チャンスを狙っていました。

夏の間、もし一週間の時間が出来たならば北海道やな・・・と密かに練っていましたが、
今年の酷暑のすさまじさは皆さんも周知の通り、北海道とて例外ではありません。
とてもバイクにまたがる気がせず、断念。

そして迎えた秋、9月の第一週目の週末の3日間の時間を確保、
3日間で回りきれる場所、少し考えて迷わず「四国や!」と。
四国は、少年時代から何度もヨットで海側から訪れた懐かしい場所。
ヨットに夢中だった青春時代の一ページ。

※その一部は過去ブログ参照して下さい↓
四国クルージング-1
遠い昔、海から見た美しい風景をそして港を、
今度は丘から順番に訪ねて周ってみようとプランニング。
想像しただけでもワクワクする!
もう居てもたってもいられない。

善は急げ、明日から出発だ!

■1日目 <9月9日(木)> 西宮~室戸岬 走行約 300km 晴れ

この日、とても印象的なのは、本当にツーリングに相応しい秋晴れの快晴。
秋晴れといってもまだまだ残暑厳しく、大変な暑さでしたが、空はどこまでも高く澄み、
さも僕を手招きしているように見え、大いにワクワクしていました。
ゆっくり目に西宮を出発、明石大橋を渡り、淡路島を踏み鳴門海峡を越え、あっというまに徳島へ。
高速道路がこの島々をつないでいるおかげで、本当に四国が近い場所になりました。

さあいよいよ四国の旅の始まり。もちろん僕は海岸線沿いに走り始めました。
どこまでも穏やかな紀伊水道を左に見ながら、この海も何度も走ったなあ、とか、
いろんなことを思い出しながら、快適なクルージング走行で、
僕なりに景色と思い出を楽しんでいました。

日和佐港へ寄り、お昼過ぎに室戸岬へ到着。
室戸岬といえば台風の通り道で有名ですよね。
バイクを駐車場に止め、岬を散歩。
海から見る陸、陸から見る海、全然違うのです。不思議なものです。
同じ場所、二つの表情です。
こういう体験は、ヨットマンの特権の一つですね。
海から訪れたこの地は、感覚的には「帰ってきたなあ」と思うか
「いったいこれから何処いくの?」と言う感じでした。

四国ソロツーリング - 室戸岬
四国ソロツーリング - 室戸岬

室戸岬の丘に立つ灯台、丘から眼下に広がる太平洋の風景、
タービダイト層という特徴的な岩の風景も美しく雄々しく、何とも僕の好きな大らかな風景です。

四国ソロツーリング - 室戸岬
四国ソロツーリング - 室戸岬
四国ソロツーリング - 室戸岬
四国ソロツーリング - 室戸岬

また、若き日の自分に思いを馳せながら、今晩は高知に泊まろうと室戸を出発。

途中、こんなものに出会いました。
もちろん立ち寄らないわけにはいきませんよね。(笑)
立ち寄って軽く食事をしてきました。

四国ソロツーリング - 鯨の郷
四国ソロツーリング - 鯨の郷
四国ソロツーリング - 鯨の郷
四国ソロツーリング - 鯨の郷

さて夜、高知「はりまや橋」到着。
いつものごとく、適当に探したホテルにチェックイン。
軽くシャワーを浴び、そしていつものお楽しみの晩飯探求へ!
ここは高知です。
もちろん、鰹の刺身が美味しく頂けそうなお店を探すこと、約1時間。

すると、とある料理店のおばちゃんにどうぞと呼び止められ、そのお料理の店が僕の目的地では無いと判断出来ていたので、
申し訳ないのですが、とっさに「この界隈に、ジャズバーありませんか?」と話題をそらしてしまいました。
するとそのおばちゃん、親切な事に周りの知り合いにいろいろ聞いてくれるじゃありませんか。
そうして僕は3件の店と細かい情報をおばちゃんから教えて頂いたのです。
最後におばちゃんは「おなかすいたら来てね」とヒトコト言ったのみで、
おばちゃんの親切さに僕はいたく感激してしまい、
僕はまずその3件をそれぞれ店先からチェックしたのち、おばちゃんの店に戻りました。
自分の店の営業をせず、僕の願いを優先してくれたおばちゃんと、
と同時に、この街を気に入ったと思いました。

そこは日本料理の店で、店に入ると、
おばちゃんは板前さんに「この人のことちゃんとお願いしますよ」と残し、店を出ていかれました。
店も板さんも非常に感じ良く、出してくれる料理もなかなかでした。
おばちゃんのことをを店で聞くと、彼女は店のオーナーでこの辺りの地主さん。
この辺りを大事にされてる方とのことでした。
どうりで合点がいきました。僕が印象を良くしたのも当然です。

さて、気分のいい食事の後はお約束のジャズバーへ。
2件目のバーは大変気に入りました。
マスターはジャズピアニストそしてヨットマン。話合いますよね。
この店で夜遅くまで遊んでいました。
ここでもまた、音楽関係の友達が増え、次回はメンバーと来るねと言いながら店を後にしたのです。

●Just Friends
高知市 088-824-8972
探してみましたがweb siteのURLが無いようです、ごめんなさい!!

■2日目 <9月10日(金)> 室戸岬 走行約 700km 晴れ

高知から一路、足摺岬へと。

高速道路が須崎まであるので、朝食は須崎にしようと降りたところにマクドナルドがあったので、よし朝マック!
しかしここのマクドナルドは何か僕の知ってるマクドナルドと雰囲気が違う。
なんやろ、この妙な雰囲気は。。。
そうだママと子供たちがいない!!
制服来た女子高生もいない。。。
代わりに、漁師らしきじいちゃんやおっちゃんが溜まってる。
そうかーこのへんは、漁師仲間が集まってワイワイの場所がマックなんやと。
マクドナルドのイメージと合致しないこのチグハグさ加減がおもしろく、とても印象的でした。

楽しい朝マックの後は、再び足摺岬へ向けて快走。

しばらく走ると「四万十川」の標識が見えてきました。
四万十川といえば、もう頭の中は「天然のうなぎ」でいっぱいに。
案の定、しばらく走ると目の前に天然うなぎの看板が見えてきました。
空腹ではありませんでしたが、食べるか否かは愚問というもの。
天然ウナギの鰻丼で、少し早めの昼ごはんにすることにしました。

ちなみに僕はウナギ好きで、けっこう色々なところで頂いた経験がありますが、
天然のウナギで一番美味しかったのは和歌山の十津川沿いの、何気ない喫茶店で食べたウナギが最高です。
カリッとした皮の香ばしさは、忘れられません。
こちらのウナギもとても味しかったですが、何よりこの雰囲気が良いでしょう!

四国ソロツーリング - 四万十の天然うなぎ!
四国ソロツーリング - 四万十の天然うなぎ!
四国ソロツーリング - 四万十の天然うなぎ!
四国ソロツーリング - 四万十の天然うなぎ!

ひとしきりウナギを満喫した後、再び足摺岬へ向かいます。
しばらく走ると土佐清水市へそこから、ぐるっと足摺岬を回ろうと思い、岬に向かいました。
そしてようやく到着した足摺岬。
駐車場にバイクを止め、しばらく散策をすることに。

9月だというのに、今年はまだ秋の気配もなく、まさに真夏。
また、この地の景色は樹木が亜熱帯風で、南国なんです。
亜熱帯樹の林を少し歩くと「かき氷」ののれんを発見。
砂漠のオアシスとはまさにこのこと、僕はためらいもなくみぞれをひとつ注文。
真夏の陽差しの中、熱帯樹林の木陰でかき氷、これはもう最高!!

四国ソロツーリング - 足摺岬にて、かき氷で一服!
四国ソロツーリング - 足摺岬にて、かき氷で一服!

岬に座り、そしてまた若き日の色んな思い出に浸っていました。

四国ソロツーリング - 足摺岬にて
四国ソロツーリング - 足摺岬にて

最高の昼休みを終えたのち、足摺岬を後に海岸線をさらに走り、
宿毛(すくも)、宇和島を通り松山へ向かいます。
宇和島を過ぎると高速道路があり、予定よりかなり早く松山に到着してしまいました。

そこで、夕暮れの来島海峡を走ったらどんなに素敵かなと思いたち、
急遽、予定変更。
来島海峡は、鳴門海峡に次ぐ流れの速い海峡で、四国としまなみ海道をつなぐ海峡です。
夕焼けでオレンジ色に染まる海の上の道、最高です!

しまなみ海道を渡りきったところで、再び松山に戻る予定でしたが、そのまま尾道へ。
気持ちよく走ってるともう福山市内に入り、軽く食事を済ませ、山陽道の福山ICへ。

この時点で、西宮まで200キロ少しでした。
よし、このまま西宮まで走りきってしまおうと、気合いを入れ直し一気に走り抜きました。

夜10時前に無事到着。
本日の走行距離700キロ、それが意外と近く感じた四国の旅でした。

ヨットで回ると2週間
バイクで回ると2日の旅・・・

そんな思いで締めくくったショートトリップでした。

四国ソロツーリング - 福山
四国ソロツーリング - 福山
四国ソロツーリング - ルート
四国ソロツーリング - ルート
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Rainbow Seeker JPN-34 News #2

2010 Dragon Yacht Race
Rainbow Seeker JPN-34

みなさんこんにちは。
また長らくご無沙汰してしまいました。
なんせ、今年は本当にヨットヨット・・・の一年。
海外のレースにも出場いたしましたが、今日はそんな僕の2010年のヨットレースライフを
国内レースのみ、一年分ダイジェストで書きます。

さて、昨年2009年から僕もヨットレース参戦などヨットに本格的に復帰し、
当然、ドラゴンクラスのヨットレース参戦するようになりました。

復帰年は、扱い難しいヨットと新米クルーを抱え、
僕たちは、並み居る強者レーサーに、ただただ、必死について走るのみ。
結果は常にビリ。
でも、ひたすらゴールを目指す。
とにかく、レースに参加する事が大事と、順位は悔しくても参戦し続けた一年でした。

今年2010年は、極寒3月の初戦・スプリングレガッタからスタート。
いよいよレース幕開けです。

●3月6日、7日<スプリングレガッタ>

極寒の海へ落水体験

スプリングレガッタは2日間で、
ポイントはつかない気楽さはあるとはいえ、レースとなれば本気。
さあ、今年はがんばるぞと意気込み充分で初日を迎え、いざレース海面へ!

ところがなんと、スタート前にクルーが落水!
落水直後、僕はとっさに彼のライフジャケットをつかみとり、
ぐいと引き上げ、流される事は免れたものの、

「大丈夫か」
と問うと、
「はい大丈夫です」
と返事。

でも、全く大丈夫そうではない。
わかりやすくパニクッた表情でガタガタ震えている。
これではもう彼の体がもたないと判断し、すぐ帰港。
ということで、1日目は残念ながらリタイヤ。DNSとなりました。
(※DNS=Did Not Start「スタート出来なかった」という公式レコード表記)

帰港後、すぐクラブハウスのシャワーへ駆け込む彼。
案の定、なかなか出てこない。
「どう?」
「まだ寒いです」
今の時期は海は一年で最も冷たいのです。
この時期に落水体験をするのは、我々慣れた者でも勇気が要ります。
彼はこの日まさに身を以て、最高の体験をしたのです。

気を取り直し2日目。

この日はコンディションも良く、レースは合計3戦行われました。

第1レースは予想通りビリ。でも去年とは確実に違う実感がありました。
なぜならば、去年と同じ最下位でも、接近戦の態のままのフィニッシュでの最下位だったのです。
去年は僕たちの艇は、前の艇はからかなり引き離されてしまう屈辱的な最下位ばかりだったからです。
そして、第2レースはなんと、ドラゴンクラスのレースに参戦して初めてビリではなかったのです!
最下位じゃなかった、という事はすなわち之れ何を意味するか・・・・?
セイリングやレースの上級者ばかりのドラゴンクラスで、混戦の中に交われた・・・という事です。
それはイコール、勝利も手の届く範囲に有ると言い換えられるのです。
(僕の中では)
僕は胸の中で勝利を手にするイメージが出来上がり、密かにワクワクしていました。
第3レースも最下位ではありませんでした。さらに言えば、後ろの艇は第2レースとは違う艇。
このドラゴンクラスの混戦の中に、僕たちも混戦する実力に満てきたのだと確信したのです。
そして、「今年の目標=全日本制覇」が、完全に視野に入ったのです。

●4月18日<ポイントレースのスタート>

シーズンを通して何度か行われるヨットレース、ドラゴンクラスはこの4月からスタートし、
11月の最終戦まで全部で6回のポイントレースが開催され、
その合計ポイントで今期の優勝チームが決まります。

また、10月にはドラゴンクラス全日本が開催されます。

並み居るドラゴンセイラーを押しのけ、このポイントレースでのクラス優勝はもちろん、
たやすいものではありませんが、僕の意識の先には「全日本」の事しかありませんでした。
故に、これからのレースは全て、全日本に向けての練習、と考え、
一戦一戦、学び、有意義にレースをこなすことを考えました。

西宮沖でレース中のRainbow Seeker
西宮沖でレース中のRainbow Seeker

そして迎えた6月のポイントレース第3戦目、素晴らしいことが起こりました。
何と、僕たちの艇が最後のレグ※までトップを走っていたのです!
この時の結果は2位でしたが、このレースは、僕にさらなる自信と確信を持たせることになった、素晴らしい経験でした。
(※レグ=レースで回航するブイとブイの間を指して「1レグ」と言う。レースによりこのレグ数がそれぞれ違います)

●10月23日、24日<ドラゴンクラス全日本>

全日本はポイントレースの結果には干渉しない、独立したレースです。
毎年開催地が変わるのですが、今年はホームグラウンドである我が西宮が開催地となっていました。

いよいよ、目標としてきた全日本。
僕の緊張が高まり、興奮で胸がワクワクと躍るような感覚で臨んだ初日、奇跡が起こりました。

1日目 第1レース 虹を見たRainbow Seeker号

僕はこのチームのリーダーでスキッパー(舵取り)で、クルーが他に2名、合計3名でレースに臨みます。
この日のコンディションは微風。
こんな日は特に、わずかな風でも効率よくキャッチして、誰よりも優位に風の声を聞かねばなりません。
ほんのわずか、例えば数ミリ単位での微調整、海面の表情の変化など、有効な条件を見逃すことは出来ない、難しい読みが要求されます。
強風下で艇をコントロールしこなすのとはまた違う意味で、緊張するセイリングとなります。
故に、セイルのトリム※やその他の細かい事はクルーに任せ、僕は舵と風に全神経を集中させていました。
ひたすら上マーク(1番目のマーク)を目指し、周りの艇や余計な情報には目もくれず、
クルーを信頼して自分はひたすら集中するのみとしたのです。(※トリム=調整)

そして、上マークを回航すると、クルーの「トップです!!!」と叫ぶ声が聞こえたのです。
僕もすぐさま周囲を確認し、確かにトップであることを確認したのです。
この瞬間、僕の体に熱い血がぐわっ!と流れました。
やった!
トップで回航する快感が大きすぎて、しばしアドレナリン放出した状態でした。
結果はフィニッシュ直前で他艇に抜かれてしまい残念ながら2位でしたが、
万年ビリ選手がトップに立った瞬間です。大満足のレースでした。

Rainbow Seeker - ドラゴンクラス全日本
Rainbow Seeker - ドラゴンクラス全日本
Rainbow Seeker - ドラゴンクラス全日本
Rainbow Seeker - ドラゴンクラス全日本

1日目 第2レース

スタート後まもなくフライングの警笛が鳴り、僕たちの艇に対しての警告かどうか確認しきれないままフライングを受け入れ、もう一度スタートラインへ戻る事に。
最高のイメージで終わった第1レースの後、気合が入りすぎのスタートをした自覚があったので、やってしまったのかと思ったのですが、実は他艇に対しての警告でした。
やらなくてもいいリスタートをして最下位からの不利なスタート。
それでも全く諦めず懸命に追い上げ、しかも風が振れていたので他艇とは別のコースを走りました。
そして、第3レグあたりで他艇を一気に抜き、結果、2位でフィニッシュすることが出来ました。

そして、1日目の総合結果は1位タイ。
もう誰も、僕たちの事を「万年ビリ艇」とは言わない。
どうだ、これが僕らの実力や!!
誇らしい思いで満たされて、大満足の結果となりました。

その夜、西宮の某所で行われた懇親パーティでは僕たちの艇は何かと話題の中心にありました。
もちろん、僕たちの快進撃がその話題の中心なのですが、
話題のネタになる事が、実はもう一つあったのです。

この日、レースが始まる直前に、沖の向こうに虹がかかっているのを見たのです。
僕たちの船名、「Rainbow Seeker」という名前と同じ虹が、
まさに僕たちの為に目前に現れてくれたのだと思いました。
そしてその事を、皆の前で挨拶した時に話しをしたのです。

「虹を見たからRainbow Seekerさんやっぱり強いわー」と、冷やかされ、
嬉しいやらこそばゆいやら、非常に幸せな気分に包まれた夜となりました。

2日目  第1レース・第2レース・第3レース

今年のレースは順風か微風・・・
その事を象徴するように、前日とはうって変わってこの日は朝からとんでもない強風。
我々が最も不得手とする気象条件。
僅かなミスが致命傷となり、レースでは取り返しのつかない遅れとなってしまいます。
風を掌握でききる知識、技術、経験よりも、
艇やまた自分の動きをコントロール出来る技術や経験の方もより重要な要素となりますので、
強風下での練習やレース経験の浅いクルーが多い我がチームに於いては、非常に不利となるのです。
隣を見れば元・オリンピック選手や、有名大会で常に上位の経験を若い頃からされている強者セイラーがずらり。
やはり、総合的に走りが安定しています。
不利なのは判りつつ、それでも大健闘、この日の結果はいずれも9位以下。
決して良い結果ではありません。
しかし、色々な意味で、僕たちの実力や弱点が客観的に把握できた、とても良い経験をさせて頂きました。

全日本・総合結果は7位。
前日の「天国」気分から一気転落したような結果に、しょんぼりしているクルーたちに、
「これから冬場の強風練習するぞ!」と声をかけ励まし、
また、自分自身の気持ちも新たに、来年のレースへ強きで臨む意欲も湧いてきました。

●11月7日<ポイントレース最終戦・”山村杯”>  第1レースのみ

この日はほとんど風がなく、穏やか。
しかし、全日本の項でも触れましたように、我々にとっては好条件。
結果、第1上マークをトップで回航し、次のレグの下のマークで抜かれ、
その後に抜き返すつもりが、風がなさすぎる為に急遽コース短縮とのオフィシャルからの指示。
ヨットレースでは自然相手ですので、こういうイレギュラーな事がままあるのです。
抜き返すチャンスをあえなく絶たれた結果、2位のまま終わってしまったのです。

しかし、今年最後のレースを2位で終われた事は、
我々のチームにとって最大の「希望」というトロフィーとなりました。

今年もJPN-34 “Rainbow Seeker”を応援して下さったみなさん、ありがとう。
心から御礼申し上げます。
また、来年も頑張りますので、どうぞよろしくご声援下さい。

Mr.JIB

Rainbow Seeker (右端)
Rainbow Seeker (右端)
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九州・ソロツーリング~指宿砂風呂~

■絶好の旅日和は唐突にやってきた

こんにちは。
ちょっと間があいてしまいましたが、前回の東北ツーリングから帰ってきた時に決めたと、
予告していたツーリング報告です。

・・・・

年が明けてバタバタして、あっという間に61歳の誕生日を迎え、娘の結婚と続き、
色んなお祝い行事がたて続いて起こりました。
ありがたい事ではあるのですが、全て無事に終了してホッと一段落。
桜も満開を迎え、まさに春爛漫。
そうです、忘れてはいません。
常に脳裏にあった次なる旅のイメージが、遂に実行するタイミングがきたのです。

その朝はまさに日本中が春に包まれて、気温も一気に上がっていました。
まさに昨日と一変した様子に、僕のスイッチが完全に入りました。

「よし今しかない、行ってしまおう!」

僕は基本的に着の身着のまま、現地調達のタイプ。
だから、身支度だって至って簡単。
往復走り抜いて全編3日間のイメージを描き、ササっと準備を済ませました。

もう心はあのホカホカの砂に埋もれている自分を想像してそわそわ。
そうです、東北ツーリングの続き、日本を味わう旅のその2です。
さあ鹿児島、指宿温泉・砂風呂に入りに行くぞ!!

■1日目 <4月8日(木)> 西宮~博多 走行約600km

穏やかな青空に暖かな陽差し、申し分のない気候の中、満開の桜に見送られながら、
午後2時半ごろ甲子園出発。
九州は車で何度か行っているので距離のイメージは出来ているし、
何より前回の東北ツーリングで、長距離の感じは充分想像出来ていましたから、
今日は余裕を持って、走れるところまで行こうと決めていました。

阪神高速・西宮ICから三木JC、そして山陽道へと乗り継ぎ、山陽道をただひたすら九州へ。
車では何度か通った事のある、懐かしいような景色。
山陽道の高速ワインディング走行を楽しむのは、このバイクは最適です。
天気もいいし気分もいい。
景色を楽しむというより、たっぷりとした排気量バイクが得意な高速コーナーを
幾つも越えてゆく楽しさは、また格別。
ひたすら走行を漠漠と楽しむ事にしばし夢中でした。

あっという間に岡山。給油の為、吉備SAに3時半くらいに立ち寄りました。
そうしている間にも、傾むきかけた陽差しは眩しく視界に飛び込んできます。
高速のロングツーリングならばフルフェイスのヘルメットと思っていたのですが、
今回はオフロード用のフルフェイスを選んだのは賢い選択でした。
ヒサシのついたヘルメットは、傾いた夕陽に向かって走るのにちょうど良い日よけになってくれました。

山陽道の山あいの澄んだ空気も心地良く暖かく、そこまでは全く寒さ知らずであったのですが、
広島から山口の間で太陽が沈み始めると同時に一気に気温が下がり始め、
山口と下関のあいだの山間部の外気温表示では、なんと5度。

Tシャツにバイクウェア(昼間は汗ばむほど暑かったので)では少し寒い。
ということで、グリップヒーターをオン!ありがたいですね。
これで当面の暖を取り走ること約30分。
インナーを着込む為に、北九州の吉志SAに駆け込んだのです。

ところが、取り出したインナーをササッと着てほっと一息するや、
小汚い若者が(ごめん!)、こんばんはと声をかけてきました。

寒いですねえ、僕、京都からヒッチハイクで沖縄めざしてるんです、と。

ヒッチハイクの流浪の果てに小汚い印象ではあったのですが、
彼の表情は若者らしく、生き生きとした感じで、僕は彼に好感を覚えました。
勤めていた会社に疑問があり辞めて、自分捜しの一人旅なのだという。
ヘルメットがあれば鹿児島まで乗せるのにとか言いながら、そこでしばらく話しをしました。
どういうわけか、僕は若者にモテるらしく、どこに行ってもこの調子です。
帰ったら遊びに来いよ、と言って別れ、出発しました。
(本当に遊びに来たら、また報告しますよ!)

もう九州、でも今日はあと少し走ろう・・・そんなところへポツポツ雨が。
よし、今日は博多に泊まろうと決め、小一時間ほどそのまま走り福岡ICで降り立ったのです。
そのまま地道で少し走り、博多駅前のよさげなホテルを適当に見つけ、
チェックインしたのは午後9時頃でした。
思い立ってあっという間の夜。
夜は短いとばかりに急いでシャワーを浴び、着替えて夜の博多の街へ。

さて、東北ツーリングでもお話ししたように、
もちろん見知らぬ土地で一件目に駆け込むのは寿司屋と決まっています。
タクシーの運転手に天神や中洲界隈の情報をサラリと聞き、少し街を歩いてちょっとしっかりした中洲の寿司屋に入りました。屋台じゃないですよ。
そこで、いつものように、店の大将とコミュニケーション。

『玄界灘の海の幸、とにかく旨いもん喰わしてくれ。お任せで。』
『はいはい。』

このやりとりがまたどう展開するかが楽しい。

その後、ジャズスポットの情報を店の若いスタッフに聞き出し、早速向かったのです。
(ちなみに、そのスタッフの若者が教えてくれたツールはiPhoneでした!)

一軒目、二軒目とはしごをし、居心地が良く、少し長居をしました。
その店のマスターは年配のピアニストで、
もう一人女性スタッフのピアニストとヴォーカリストというメンバー。
お客さんもどうやら演奏好きな感じの店でした。
そう、まるでウチ(Dog House)みたいやな、なんて思いながら。

そして、一番気に入った事は、選曲。
どんな曲がお好きですかと訊ねられたので、バート・バカラックが好きです、と答えると、
それではと一番最初に唄ってくれたのは、まるで見透かしたように僕が最も好きな曲の「Alfie(アルフィ)」をマスターとデュオで演奏してくれました。
当然、大いに嬉しくなりました。
演奏も良いしムードが良い。で、おまけに会計が安い。
旅の疲れが癒され、ほっこりした気分でリラックス出来ました。

●COMBO
http://www.f2.dion.ne.jp/~combo/
民家を改造したようなライブハウスで、マニアックな雰囲気。
こだわったジャズ好きな方が集まる雰囲気だ。

●Stella
http://www.nakasu-info.jp/d_detail/387.html
こぢんまりとした空間にアプライトピアノ、年配のマスターと女性スタッフで対応してくれる
アットホームな雰囲気。マスターの優しいピアノの音が心地良い。

■2日目 <4月9日(金)> 博多~鹿児島~指宿~鹿児島 走行約400km

すっきり眠ってさわやかに目覚めた朝、ホテルで軽く朝食をとり、10時博多出発。

さあ一路、鹿児島・指宿温泉砂風呂へ!
ちなみに、砂風呂は、昔からテレビなどで見てその存在は知ってはいるけれど、もちろん未体験で興味津々。
じんわり暖かい砂の中に埋もれている図を想像しただけで、いつも痛い肩や首がほんわかと癒されていくようでした。

はやる心を抑えて出発するとあいにくの曇り空。
パッパと出発し、博多ICから都市高速に乗りすぐに福岡ICへ。
久留米を経て広川SAで給油したのが11時半くらい。
ちょっと早いけどここで昼食にしようと目にとまったのが、鰻のせいろ蒸し。
九州と鰻は何も関連が無さそうだけど、単に僕が好物なんです。
関西ではドンブリが主流で関東ではこのせいろ蒸しのスタイルが多い事は知っていて、
そうか、この辺りは関東の食べ方の文化なんだな、など思いつつ。

お腹もいっぱいになって、そうだ指宿に直行する前に、鹿児島で料理店を営んでいる知り合いを突然訪れびっくりさせようと思いつき、事前に調べておいた住所でナビをセット。
その知り合いとは、5年ほど前まで甲子園界隈で和食の料理店をされていたマスターで、
故郷である鹿児島で理想の店を開くのだと去っていったきりでした。
でも、会えば楽しい話が尽きない友達です。
どんな顔するかな、びっくりするやろな、など、サプライズにワクワクしながら出発。

広川からはもう熊本の景色。
左手に阿蘇近隣の雄大な山々の景色を見ながら走ることたっぷり1時間半くらい。
高速道路とはいえ、この大きな自然のパノラマをしばし満喫。
続いて宮崎、えびの高原にさしかかると、道路はすっぽりと山間部に抱かれて、空気がまた素晴らしい。

ほどなく目的地の加治木JCに到着。
インター降りてから5分ほど、あっという間に友人の店に到着しました。

まず、その店のロケイションにびっくり!感動!
その場所は、谷間の中にあって木々に囲まれた広い土地一面に建物があり、何といっても日本の名滝に選ばれている滝が、すぐ近くに落ちている事でした。
店の窓から手の届きそうなところにある滝から、
ものすごい迫力と、マイナスイオンが部屋中に伝わってきます。

そして友人との再会。
他にお客様もなく奥様と二人で準備と仕込みの最中、驚く彼としばし再会を喜び合い、
懐かしい話に夢中になり、用意してくれたお蕎麦を頂きながらくつろぎのひとときを過ごしました。

外へ出てみれば、滝のごおーという音が心地よく、大きな音なのに邪魔にならないものだな、いい音だなと、
いつまでも聞いていました。
建物には2階があって、そこは宴会場兼、宿泊も出来るようになっており、
都合がいいことにすぐ横には公営の温泉がありました。
泊まっていってよ、いやイブスキや、そんなんえーやんか、などなど、
引き止めてくれる彼としばし押し問答を繰り返し、ここは初志貫徹。
旅の折り返し地点は「指宿」なんだから!
雨がポツポツ降り始めた頃、背中を押されるようにまた出発しました。

●流る茶寮  いち禅
http://restaurant.gourmet.yahoo.co.jp/0006538948/
ここは素晴らしい場所です。また是非、皆を連れて訪れたいなと思いました。

加治木ICからあっという間に鹿児島ICに着き、そこから雨の中、地道で約40分ほど。
ようやく到着、指宿温泉地!!
まずは温泉街を目指し、そこで目にとまった大きめのホテルにバイクを止め問い合わせてみる。
1,050円で砂風呂に入れますよというので、即、決め。
海沿いに建った横長のそのホテルは、入り口から下階に降りるような造りになっており、
一番下の浴場は海辺という設定だった。
浴衣をほいと渡され、着替えていざ浴場に行ってみたら、素晴らしい景色!
ここへ来てようやく、この旅でカメラを忘れてきた事に気づいた僕の心残りは、砂に埋もれた状態で自分を撮影してくること。
まぁいいか。
みなさんにお見せ出来ないのは残念だが、心のアルバムへ刻んでおくだけとしよう。

さあいよいよ砂風呂。砂をオジサンからドサドサかけられて、とたんにじんわり伝わってくるぬくもり。
これは気持ちええなあ。
あれこれ思うまま、ゆっくり考えにふけるのを楽しみにしていたのに、あまりの気持ち良さで、そのままぐっすり寝てました。どうぞお好きなだけ寝てて下さいよ、というオジサンの言葉が遠くなる。
でも、20分もしたらあまりの熱さで目覚め、少し離れた場所にある砂落としの海岸沿いの露天風呂へ。
浴衣のままドボンと飛び込み、すーっと汗がひいて極楽極楽。。
この快感がたった1050円。
なんてリーズナブルな!!
1時間ほどの目的地満喫でしたが、もう大満足でした。

時刻は午後6時くらい。
辺りはまだ明るかったけれど、雨の中、地道で再び鹿児島へ向かいました。
わざわざまた戻る理由は?
もちろん、夜、快適に眠るホテルと、ちょっとした夜の癒し時間の為に。

1時間ほどで鹿児島の都心・天文間へ到着。
適当にホテルにチェックインして、シャワー、着替え、そして夜の鹿児島の街へ。
鹿児島なんてどんな街かなと思っていたら、なんの。
大きな街、完全に都会。
東北の時の感じた事ですが、もう日本のどこにも田舎なんて無い。
というか、どこにだって都会は存在するんです。
都会、というのは、感性ある人種が集う場所であってほしい。
そんな想いを込めて、いつも僕は夜の街を探索するのが好き。

ホテルのフロントでおすすめの店などの情報を仕入れ、すぐ近く薩摩黒豚の店でフィレとんかつをディナーに。
別段、感動するような事は無いにしろ、非常に美味しかったし安かった。

2件目もホテルから聞いたお薦めのバーを訪ねてみた。
なんと思いっきり素敵な空気を放ってるじゃないですか。
ガラス越しに見通せるその店は、オーセンティックなスタンディング・バーで、細長い店の横一列にカウンターがあり、マスターが一人で仕事をしていました。
濃い茶色のトーンで統一されていて、トラディショナルで落ち着く内装で、驚くのは店のエントランスに古いDUCATIが飾ってあるのです。
おお、これは趣味がますます合う予感。
そして、ガラス越しにみえるお客さんの雰囲気もなかなか素敵な雰囲気に見えました。

中に入ると並んでいるモルトの趣味もいいし、さらにシガーや音楽もいい。
聞くと、マスターが好きなものを色んなところから取り寄せているとの事だった。
40代くらいに見えるそのマスターの趣味や好きなものに対してひたむきな感じも含めて、
僕は色んな意味で、大変気に入りました。
遠く離れたこんな場所でも、自分と同じような人種が居るのだと、改めて感じ嬉しくなりました。
今宵はジャズライブの店には出会えませんでしたが、とても気分のいい時間でした。

●Bluesy Tavern
http://www2s.biglobe.ne.jp/~zodiac_g/tavern.html
随所に感じられるこだわりが心地良く何時間もゆっくり出来そう。

■3日目 <4月10日(金)> 鹿児島~西宮 走行約900km

天気は快晴に変わり、9時半には出発。
東北の時と同様に、もちろん今日で一気に西宮まで走りきるつもりです。
ちょっと気合いが入ります。
鹿児島ICに10時くらいに乗り、そこから広川SA、広島SAと2度の給油をして、ひたすら走る。
岡山を越え兵庫県に入ったところで、このバイクの走行距離がちょうど1万キロを超えました。
去年このバイクを購入してから一年ちょっとです。
あまり乗れていない割には、いいペースで距離が積もりました。
約10時間ほど、ほぼぶっ通しで走り、西宮に到着したのは午後9時半くらいでした。
疲れはあまり無かったですが、肩がカチカチに固まってしまっていました。
お土産をパニアから取り出して、みんなが待つ店に帰りつきただいま。
今回もご声援、みんなありがとう。

■まとめ

去年の東北秋田、そして南九州指宿ツーリング、
北に南に極端に走ったわけですが、この日本には田舎は無いんだなとまた実感。
自分が知っている時代よりもずいぶん進化して、
どの街もそれなりにお洒落な都会になっているのだと、この肌で感じました。
今回の旅で出会った方は皆、お洒落で、また感性豊かな方々でした。
自分の住まう土地は一応、都会のカテゴリーには入るのですが、
だからといって、井の中の蛙にならないように、やはり色々見て回り、感じる事が重要なんだと思いました。
どうやら僕の一人旅は、景色や風景、お土産などよりも、人間関係の中で生まれる文化に触れたいようです。

次の旅は四国一周の予定です。
剣山に行ってみたいと思うのです。
また次回もお楽しみに。

Mr. JIB & 晩白柚
Mr. JIB & 晩白柚

 

旅の写真が、一枚もなくてごめんなさい。
無事帰ってきてから撮ったお土産の晩白柚(バンペイユ:直径が25センチほどの巨大な柑橘類)です。これってどうやって持って帰ってきたの?どうやって食べるの?なんて、みんなにわーわー言われながら。

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夢と憧れを形にすること

■憧れの串本、憧れのお兄ちゃん

先月11月26日、ふと串本の潮の香りが嗅ぎたくて、バイクで行ってきました。

湾岸線から和歌山の田辺まで高速が開通し、あんなに遠かった串本が非常に近くなりました。
その昔は、6時間はかかっていたというのに、3時間と少しで到着しました。
距離もずいぶん短縮され、これなら日帰りも充分可能ですね。

愛車 BMW 1200GS Adventure 串本にて
愛車 BMW 1200GS Adventure 串本にて

白浜から串本までは右手に太平洋を見ながら延々と走る海沿いの道路。
天気は穏やかな晴天で、11月後半というのに暖かく明るく、気分も最高!

 

串本は、私が子供の頃、春休みや夏休みを過ごしたところです。
最初の方のブログにも書きましたよね。
僕の原点の場所、つまりは「JIB」の原点の場所でもあるとも。

串本の家の前はずば~っと開けた太平洋という環境で、海の自然に存分に触れられるのです。
これじゃ、どうやったって海が好きになるわけです。

また、串本の向かいには「大島」があり、そこにはくじらの解体所があったのです。
そしてそこには、子供の頃の私が憧れる「お兄ちゃん」がいたのです。
そのお兄ちゃんは漁師で、当時の私にとってとてつもなく逞しい海の男だったのです。
なかでも、印象深く残っているのが「よたき」。
「よたき」とは夜の海に出てする漁の事です。
場所は潮岬の沖合いです。
のち、私がヨットに興味を抱いたのは、この思い出があったからでしょう。

さて大人になってから、串本へは時々訪れる場所であったわけですが、大島まで行く機会というのはなかなかありませんでした。
そこで、今回は大島へ行こうと、数十年ぶりに訪れたのです。

当時の「お兄ちゃん」は、見た目はそれなりのお歳になっておられますが、
さすがに大自然の荒波で鍛え上げた海の男はまだまだ現役、くすみなどありません。

ところが、お兄ちゃんの仕事場に上がり、私はとんでもないものと出逢ったのです。
それは、何気なく冷蔵庫の上に置いてあるものだったのですが、
見た瞬間、うわ!と思わず声をあげてしまったものです。

それは、一刀彫りの魚たちでした。
しかも、おびただしい数の。

彼は、海で出逢った自分が感動した景色や魚たちを、一刀彫で表現していたのです。
私は驚きと共に、たちまち感動で胸がいっぱいになりました。

イルカの大群一刀彫り!
イルカの大群一刀彫り!

趣味で始めたとの一刀彫りでしょう、
大好きな海のこの魚たちを題材にと選び、
海を本当に愛して大好きな気持ちを、どうしても伝えたい!
・・・そんな思いを、今度はいっぱいの魚たちで表現していたのです。
自分なり出来る手段で。

 

大好きな串本のお兄ちゃん、海への憧れを教えてくれたお兄ちゃん、
まさしく私の憧れそのもの、といった存在の彼との久しぶりの再会に、
思いがけず、こんな素晴らしい作品たちとも出会えた・・・
この事を、まずみなさんにお伝えしたいと思いました。

『夢と憧れを形にしたい!』
その強い想いひとつが、この作品を作らせたのだという事が
説明などしなくても一目見れば誰でもそれはわかる筈です。
それくらい、まっすぐで純粋なものです。
それは、今の私のしている事と全く同じ。
私に海の世界を教えてくれたお兄ちゃんが、
またこうして、私と同じ道を歩み続けてくれていること、
その事が、どれだけ嬉しかったことか!
改めて、勇気と感動をたくさん頂きました。

そしてさらにこの作品を、たくさんの方に見て欲しいと思っています。
来年早々にそのような機会と場所を設けますので、
その時は是非、この作品を見に、会場まで足を運んで下さい。
私の感じた大きな感動を、みなさんにもぜひ体験して頂きたいのです。

みなさん、どうぞお楽しみに!

※『串本の魚・一刀彫り展~魚空(ぎょくう)の世界~』(仮称)
来年1月~2月くらいの時期に、JIB芦屋店店内ギャラリーにて開催予定

素敵な作品の生まれる様子が見られます↓

●魚空(ぎょくう)web page

ちなみに、本業の魚屋さんのHPはこちら↓
本当に美味しい一夜干しがお取り寄せ出来ます!(お薦め)

●ひらまるweb page

イルカの大群一刀彫り!
イルカの大群一刀彫り!
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JIB31周年 & NISHINOMIYA TECH PRIZE2009授賞

●JIB 31st Anniversary 2009.11.23

11月23日、今日でJIBは31周年を迎えることが出来ました。
感動と感謝の内に終えた30周年の盛大なパーティからあっと言う間の一年。
この一年も、まずみなさんに「ありがとうございます」と、感謝の言葉を
心からお贈りしたいと思います。
本当に、今まで支えて下さってありがとうございます。

さて、この30周年を迎えてから今日まで、この一年は色々な事にチャレンジしてきました。
振り替えるに名付けて『原点へ戻る』一年でありました。

「アウトドアでの経験を製品に生かす」をポリシーとしている以上は、我らは「遊び」も仕事と同様という考えのもと、この30年の間も出来る限り多くのスタッフにアウトドアの体験の場を共有してきましたが、今年は、まずは再びヨットライフへ帰る事を一番に始めました。

春から始めたドラゴンクラスのチームには、社内スタッフをチームに加えました。
さらに、ドラゴンのチームだけでなく、もっと簡単なディンギーを使ってのヨットの基礎を、若手のスタッフから中堅どころまで、皆一斉にかたっぱしから教えたのです。初めて乗る者、久しぶりに乗る者、さまざま入り乱れチン起こしから鍛えた皆は、ズッコケながらもそれなりなヨットマンに成長してくれたように思います。

そして、さらにそのことにより、今年のJIBのニューデザインはより「マリン」を意識したものへとシフトしました。フラッグのデザインなどは創業当時にもうとっくにやった事ですし、ロープを使ったバッグなどもよく作りました。当時は他のデザイナーも皆、同じアイデアを持って実践していました。
(詳しくは「International Code Flags」の記事をお読み下さい)

それ故今年は、単に新しいものではなく、古き良き時代のものをベースとしてデザインに取り入れるという形で、デザイン・コンセプトなどをリニューアルさせ、昇華させたのです。
当時を振り返りつつ、何度も試作をしました。
それも、夜遅くまで色んなことを語り合いながら。

そんな風に試みた一年の締めくくりに、この30周年の集大成とも言える、
嬉しい出来事が起こりました。

●平成21年度西宮市優良事業所顕彰
NISHINOMIYA TECH PRIZE 2009 授賞

31周年当日の2日前の11月21日、西宮市から第3回西宮市優良事業所顕彰に於いて、
特に優れた技術力・研究開発力を有する事業所であると認められ、ジブが表彰状をいただきました。

Nishinomiya Tech Prize 表彰状
Nishinomiya Tech Prize 表彰状

●西宮市の案内ページ
平成21年度西宮市優良事業所顕彰受賞事業所決定

 

西宮市には製造関連の事業所が400社ほどあるそうです。
今年はその内の5社の中にJIBが選ばれたのです。
「優れた技術力・研究開発力」というのを言い換えれば
JIBのオリジナリティと、決してブレない軸のある企業として、公の中でも認められたという事です。
何と素晴らしい事でしょうか!

31年目に突入した今、心新たにとても充実した気持ちで居ます。
遊びにもバッグ作りにも、一層磨きをかけるつもりです。
どうぞ両方ともご期待下さい。

そして、みなさんに重ねて感謝申し上げますと共に、
今後とも、どうか応援よろしくお願いいたします!!

31周年、本当にありがとうございます。
Mr.JIB

●授賞式の模様を少しだけ

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東北・ソロツーリング<後編>

■3日目 <11月6日(金)> 盛岡~靑森経由~仙台 走行約520km

朝7時30分に起床、盛岡を8時30分にスタート。
今日の一番目の目的地は、青森県の奥入瀬渓流。
昨日、盛岡で知り合った方にここは是非行ってみて下さいと、強く薦められた場所です。
現地に着いたならばバイクを止め、少し歩いてみてくださいと。

素晴らしい景色に思いを馳せながら、東北道をひたすら青森方面へ。
東北道に入ってまもなく、左手に富士山を小さくしたような雪が積もった岩手山を見つけました。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 岩手山
Mr. JIB みちのく独り旅 - 岩手山

しばらく走った後『北緯40度』の看板を越え、八戸自動車道へと進みました。
ここまで来るともう山が深い。大きい。
全てが青々とした山にすっぽり包まれているのです。
ああだから靑森なのか、と、自分なりに納得。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 愛車 BMW 1200GS Adventure
Mr. JIB みちのく独り旅 - 愛車 BMW 1200GS Adventure

さあそして、ようやく目的地の青森県の県境を越え、10時頃八戸インターに到着。
景色を見ても何だか実感らしきものは無いのだけど、普段は全く見る事もない「靑森」という漢字の看板が、今、あちこちに在る。ああ、靑森に居るんだなと感じさせてくれるのです。

いよいよ本州最北の場所へ来たのだという実感も去ることながら。
そこから地道で奥入瀬(おいらせ)渓谷へと向かいます。
ちなみに、ここは、ここだけ時計がゆっくり流れているような町でした。
ひたすら、ゆっくりなんです。
ドライバーは制限速度以下で走り、抜くこともせずゆっくりと。
皆、急ぐ人など誰も居ない(本当は居るんでしょうけど!)感じ。
不思議な時の流れに身を任せていると、自分もなんだかゆったりしてきます。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 12時前に奥入瀬渓流に到着。
Mr. JIB みちのく独り旅 - 12時前に奥入瀬渓流に到着。

そこで僕を待っていたのは、本当に、教えてくれた人の言葉通り、感慨深い素晴らしい風景でした。澄み渡る空気と澄み切った清流が、延々と続くのです。
地面とほぼ同じ高さの渓谷は、自然のありようそのままを感じさせてくれ、ちょっと関西では出逢う事の出来ない景色です。
残念な事に紅葉はもうすっかり終わってしまっていましたが、その景色の素晴らしさはとても言葉でも伝えきれません。
ここは、自然界の生き物たちの休息の場所なんだなという感じがします。
十和田湖から注ぎ込む渓流の水の透明度は、同じ透明でも質が違うように見えます。
僕たちが知ってる自然の山々は、どれだけ山深くても人の気配というのがどこかしこかにするものですが、
ここは、観光客もたくさん見かけたのですが、それでも人間の気配が少ない。
ゴミなんかも当然、全くない。

ここは本当に、みんなに見せてあげたいと思った場所です。
ここは本当に、みんなに見せてあげたいと思った場所です。

バイクを止め、少しその渓谷沿いに歩いてみました。

ここまで西宮から約1250km。ずいぶん遠くまで、あっという間に来てしまいました。
この場所へ来られただけで、この旅はもう充分、達成し満足だと思いました。

ちなみにこの地では、僕たちの知っている『動物注意』の看板は全て『熊注意』です。
至るところに、この看板が登場します。あんまり歩いていたくはないですね(笑)。

昼過ぎに、最終目的地であり、旅の折り返し地点の十和田湖到着。奥入瀬渓谷があまりにも素晴らしく、まだ余韻に浸っていたせいか、有名な十和田湖が何だか普通の湖にしか見えません。
ここで、現地の方と少しお喋り。
昔はもっとヒメマスが捕れたとか、おたくは何処から来たのだとか、ここでもまたやわらかな東北弁が心地よく耳に響きます。

Mr. JIB みちのく独り旅 - 十和田湖
Mr. JIB みちのく独り旅 - 十和田湖

余談ですが、現地の方に聞いた話しでは、東北弁はどうしてあんな喋り方になるか、という理由があるそうです。冬になると外気が冷たいから、口をなるべく閉じた状態で喋れるように喋ると、あの喋り方になるのだそうです。へ~なるほどですね!

そんな会話を楽しんだ後、再び十和田湖を秋田側へ回り東北道へ戻りました。
ここからは、はるか南を目指す遠い旅の始まりです。

さてふと考えると、ここまで走ってきて、東北地方でまだ一度も走ってない県が一つ残っていました。
それが山形県でした。
『全ての都道府県の地面を一度は踏む』
という、大切な目標達成の為に、ここは是非ともやり遂げねばなりません。
そこで、知人も居て以前から興味深い街であった仙台を、この日の宿泊地に選びました。
仙台ならば、山形までは目と鼻の先です。
全ての都道府県を踏む偉業達成は、明日の楽しみとして、一路仙台へ。

午後5時頃、仙台の街へ到着。

仙台は都会だ、と聞いてはいましたが、聞いていた以上にとても都会!
この旅で訪れたどんな地方都市よりも秀でて、とても洗練された印象を受けました。
現地の知人数人に連絡を取り、夜には彼らと落ち合いました。
牛タン料理、バー巡り、そしてここでも外せない寿司屋でシメ。
よく食べ笑い、やっとホテルに戻ったのは午前4時前くらい。
やれやれ、よく遊んでしまった。
これは明日ちゃんと起きられるかどうか、ちょっと心配になってきました。

■4日目 <11月7日(土)> 仙台~山形経由~西宮 走行約1000km

朝10時に起床、すぐさま仙台をスタート。

夕べの楽しい余韻にひたる間もなく、次なる目標達成の為に出発。
東北自動車道から山形自動車道へと、約40kmのショートトリップ。
あっという間に山形ICに到着。
もう本当に「デン
」って付いただけ(笑)
それでもいいんです、大目標達成!!
これでやっと気が済んだ僕は、一路目的地を西宮に。
帰りはウロウロせず、ひたすらまっすぐ帰るだけ。
どこまで走れるかわからないけれど、疲れたらそこで一泊する事を念頭に置き、
出来る限り走りきろうと決めました。

11時、山形をスタート。
さぁ走るぞ!

僕の旅にずっと付き合ってくれたビッグバイク、BMW GS1200RS Adventureは
本当に快適そのもの。
走る事に何のストレスもなく、ただただ快適に僕を走らせてくれました。

そのおかげで、京都近くで渋滞に遭いつつも、夜10時頃、西宮に到着!
何も言わずに帰ってきたので、DOG HOUSE営業中で残っていたスタッフの驚く顔を楽しみながら、
ひとまず旅の無事を乾杯。

本日の走行距離は1000kmを少し越えましたが、まだ充分に体力は残っていました。
つくづく、僕ってタフやなって。

Mr.JIB みちのく独り旅 - ルート
Mr.JIB みちのく独り旅 - ルート

■東北は、あったかだった。

齢60歳にして今回、本当に生まれて初めてその地を踏みました。
そして、改めて感じた事があります。
それは、東北の人々がとても暖かだったこと。
少なくとも僕はそのように強く印象に残りました。
思うに、自然環境が厳しい土地の人々は、五感が研ぎ澄まされているからではないでしょうか。
寒ければスイッチ一つで暖房、熱ければエアコン、快適な家や車、安全な街、そんなものに囲まれて生きているわれわれ都会人が、失してしまった本能に近いところにある「五感」が、とても敏感なのではないかと思います。だから、人をいたわり思いやる心も深く細やかなのだろうかと。
素晴らしい土地のみなさん、短い触れあいでしたが大変お世話になり、癒されました。

ありがとう!

■旅の終わりに

僕がこの長距離の旅でつくづく感じた(思い出した)事は、旅の時間が大変だったものほど、充実感が大きいということ。
これはもうずいぶん若い頃から、ヨットで何度も体験していること。
今の時代は海外でも飛行機であっという間に何処でも行けるけれど、わざわざヨットで何週間もかけて行く。そのプロセスの中に在る時間こそ、宝なんですね。
心の中にどんどんあったかい熱い想いがこみあげてくる、この充実感です!

人生だって同じですね。

何時間もかかってやっと辿り着いた靑森の山に立ち、同じような思いを体験出来ました。

限られた休暇や色々な制限の中、時間のかかる旅が出来る人は、そうそう誰でもというわけにはいかないかもしれません。でも、ぜひ一度はみなさんも、このような「時間のかかる旅」の醍醐味を味わってほしいと思います。

次の旅は鹿児島県、指宿の予定です。
今度は、日本列島の南を目指す旅です。
砂蒸し風呂でも入って、またいろんなおもしろいこと考えよう。
次回の旅の話しもお楽しみに。

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東北・ソロツーリング <前編>

■突然、旅だったわけではないんです。

さて、僕がAdventureというバイクを手に入れたお話は以前しましたよね。
還暦、赤いちゃんちゃんこの代わりに赤いバイク、というやつです。

今年の春からこの秋まで、ひたすらずっとヨットが中心の時間を過ごしてきましたが、
僕の心にはいつもバイクの灯りも種火のように消えずにありました。
それが、この旅なのです。
一人馬を駆り見知らぬ土地へ旅する、これこそこのビッグオフに似合うツーリングスタイルだと、
最初からイメージが出来ていました。
僕は久々のヨットに夢中になりながら、このイメージを現実のものにすべく、
今か今かとタイミングを見ていました。

また、僕はたいてい、日本中の色んな場所に行っています。
でも、東北地方だけは、今まで訪れる機会がありませんでした。
関西の方ならおそらくそんな方は多いのではないかなと思います。
飛行機やフェリーが使える九州や沖縄より、きっとずっと遠い存在なのでしょう。
日本人でありながら、都道府県の全ての地を踏んでいない事実。。。
これを解消するのが、僕の目標でした。

この二つの目標達成を果たすという目的は、もう今を逃せば難しいという季節になった今、
遂に決行する運びとなったのです。

■みちのく一人旅の掟

僕が決めたルール、それは

1)11月4日から7日までの4日間の予定で
2)バイクで走るのは日暮れまで、そしてそこで泊まる
3)1日のノルマ走行距離は600km(目標!)

という事でした。したがって一切、予約はしない。
何て贅沢な自由な響きでしょう!
でも、泊まるのは美しい山々に囲まれた温泉旅館ではなく、都心のなるべく設備のいいシティホテル。
理由は簡単。
温泉旅館は都心から離れていて、夜が退屈です。
ホテルの場合、食事にしても選択肢が広いし、バーに行けば、土地の人から色んな情報を得ることができます。

そして、何と言っても
「一人旅」
これが最高です!

いつものように、先導して道や他のメンバーを気遣う事もない、
気を遣うのは、自分のバイクの安全運転だけです。
自由な旅の快適さは、自由にどこまでも行きたいというヨットの旅のモチベーションと似ています。
夜にせよ昼にせよ、いろんなハプニングがあります。
それもまた、楽しみの一つ。
最終目的地は青森県の十和田湖へ、
いざ出発!

■1日目 <11月4日(水)> 西宮~富山 走行約370km

この日は、その週頭にきていた寒波も緩み、穏やかな晴天。
空はこの上なくすっきり透明な青空、まさに旅立ちに相応しい天気の中、
両方のパニアにざっくりと荷物を詰め、ナビをセットし、西宮を昼の12時スタートしました。

名神西宮ICから勢いよく向かったのは、彦根のバイク用品屋さん。
ツーリング用のパンツを一本調達するつもりがお店の定休日。
やれやれ。

気を取り直して米原まで走り、そこから北陸道へと乗り継ぎます。
福井、金沢と走り抜け、快調に走り続け、
4時くらいになると、早速夕暮れの気配が漂い始めるのです。
少し北の国に来たのだなという思いや、冬が近いのだなと感じる一日時間のスピードです。
西宮から遠く離れてきた事を実感させてくれます。
うわ、この辺は日が暮れるのが早いな、と思い始めた時まさに、
ふと、北アルプスの山の景色が目の前に横たわり、はるか前方に見える立山連峰の冠雪部分が、濃いオレンジ色に輝き始めたのです。夕陽が反射してそれを、雪の白い部分が受け止めて反射しているのです。三千メーター級の山々のが目の前に広がり一斉に輝き出し、それらがどんどん近づいてくるのです。本当に例えようもなく美しい光景です。
ヨットでも今までさんざん素晴らしい夕陽を見てきましたが、この雄大な景色はまたひと味違う素晴らしさです。
なにぶん走行中でしたので、写真も何もないのですが、例え写真を撮っていたとしても伝えきれないでしょう。兵庫県では味わえない、至福のひとときでした。

そしてそのまま、誘われるように富山の町へ降りたって、この日の滞在地となったのです。

さあ今夜は以前から印象の良い富山の町で、美味しい海の幸を食べるのだ!ということで、
まずは市内のホテルの界隈まで直行し、5時過ぎにはホテルにチェックイン。
スタートが遅かったのでこの日はそんなに距離を稼げませんでしたが、焦っても仕方ない。
もう心は北陸のご馳走村へ!

少し休憩したあと、ブラリ飛び込むのは当然、地元の魚料理の店。
何となくどことなく、看板を見て、会話の出来そうな感じのお店を選びます。
白エビ、甘エビetcetc…、僕の知っている富山の町の海の幸が、生唾を誘います。
まぁこの辺りでは、何度か来た経験上では、海鮮フードでのハズレ無しです。
たいがい、満足のいく美味しいものと出会える町です。

その後は、忘れてはいけないジャズのライブハウスへ行き、地方なりの夜の楽しみを満喫。
(『Cotton Club』というライブハウスでした)
その後は続けて、今年のヨットレースで一度富山に来た時に訪れたバーへ。
(『meine』という素敵なバーです)
お客様同士が楽しんでいる雰囲気が心地よい、地方のゆったりした夜を楽しんだのです。

今日は走行距離が400kmにも満たず、ノルマ達成ならず。
しかしソロ・ツーリングの気楽さと開放感、それに走行距離から、本日の疲労感はほとんど無し。
明日から早く出発して距離を稼がねば、と思いつつ。

■2日目 <11月5日(木)> 富山~盛岡 走行約680km

朝7時30分に起床し、ルームサービスで朝食。
人がざわざわ居る場所で食事というのが、どうも苦手な性分で。
ちなみに、ホテルの朝食の定番、コンチネンタルブレックファーストというやつです。
旅の疲れを癒し開放感を味わうのに相応しい、今どきの若者風に言えば、朝の「プチ贅沢」の後、
早々8時30分にスタートしました。

日本海を左に見ながら北陸自動車道を北へひた走る。
午前中に新潟を通過しないとと思いながら、延々と続く海沿いの道はなかなか走りごたえがあるものです。また、いつもの冬の日本海の、どこかもの淋しい独特の景色とは違って、この日は穏やかでとても気持ち良く走行出来ました。

11時には新潟のジャンクションを過ぎ、磐越自動車道へと乗り継ぎ、横に短い日本列島をしばし横断です。
本当に、山の中をまっすぐ横断するように、山、山の景色です。
両脇にはススキがゆらめき、あっという間に会津若松まで走り、
ちょうど昼頃、福島県の会津磐梯山のふもとのサービスエリアで昼食をとりました。

会津磐梯山とGS:背景にうっすら見えているのが会津磐梯山
会津磐梯山とGS:背景にうっすら見えているのが会津磐梯山

会津富士と言われるだけあって、磐梯山はなんとも整ったデザインの山です。
そうそう何度も出会えないだろう景色が、高速道路の両脇にパノラマのように続きます。
いちいち感動なんてしている余裕はなく、ただただ、目標に向かってまっしぐらに走るのみ。

でも、ちょっと変な景色とも出逢いましたよ。
磐越自動車道に入ってすぐに、メリーゴーランドが出現。
こんな田舎で一体誰が乗んやろか、というような場所で。
あと、会津若松付近では、巨大な観音様と出逢いました。淡路島にあるようなやつです。
自然のものだけでいい景色の中に現れた、いかにも作り物っぽい雰囲気に、ちょっと興ざめ?です。

さて、ここからいよいよ本州の北へと一気に目指す事になるわけですが、天気予報を聞いているとどうやら目的地方面の雲行きが怪しくなっているようです。当初の予定では、日本海沿いに山形〜秋田〜青森と走る予定でしたが、あいにくその方面は雨ということなので、太平洋側にコース変更。
やっと、青森へ続く道、東北道に乗り継いだのです。

福島、宮城、岩手とただただ変わる北の景色を見ながらひたすら走り、次は靑森、いよいよ靑森と思いを馳せながら。

ちょうど花巻を過ぎた午後4時過ぎ頃、今日は盛岡泊かなと考えていると、いきなり激しい雨に降られてしまい、びしょびしょに。高速道路走行中のため、カッパを着るタイミングなどあるはずもなしで。まあ、ツーリング中に濡れるのはつきもの。これも楽しいエピソードと思いつつ。
やはり北の国は季節はもう深い秋、すれ違うバイクなどほとんどありません。
もうここで今日の旅は終わりにしようと5時ごろ盛岡に到着。
雨の中、市内へホテル探しに直行!
市内で一番最初に見つけたホテルへ飛び込んで、チェックインを済ませたのは6時前くらいでした。

ボトボトに濡れたウェアを脱ぎ捨て、ハンガーにかけエアコンで乾かし、
自分もしばらく休み、まずはひとごこちつかせ、まもなく市内を散策にサッと出かけたのです。

今日はだんぜん、東北の郷土料理を晩飯に!と思っていたのですが、
やはり「ある理由」から、今日も寿司屋を探す事にしたのです。
初日と同様、何となくどことなく良さそう、というのを、お店の看板や雰囲気から判断し、
天然の嗅覚で飛び込んだ店は、たいていハズレはありません。

しかし店内では、僕が一言喋ると、店の人やお客さんが「関西からですか?」と近寄ってきてもう大騒ぎ。
すぐにその場は盛り上がり、あっという間にうち解けてしまいました。
それに、店の中は東北弁であふれ、なんともいえない暖かい空気なのです。
東北弁を真似したくっても、もうどうやっても僕には真似出来ないから残念なんですが、
大人も若い人も、みんなあのズーズー弁なんですが、それがなんとも心地よいのです。
関西にとても興味を持っているアルバイトの女の子も居て、僕にあれこれ話しかけてくるんです。
ちなみに、とっても美人の女の子でした。
これって、東北美人というのでしょうね。

そこでも、盛岡のバーやジャズスポットなどを尋ねてみると、親切なお客さん達がお店まで案内してくれるのです。それらはいずれもなかなか素敵なバーでした。
そして時間の許す限り、ハシゴもしました。

余談ですが、その中で出逢った女性はみなさんどういうわけか、とても美人でした。
東北は美人が多いという話は本当でした。
それに、東北弁はとても癒される方言だなと感じました。

ちなみに「ある理由」というのはもうお判りですね。
お寿司屋さんというのは、注文する度にコミュニケーションが必須のスタイルです。
会話なくしてなりたたない、確実なお食事処が、寿司屋です。
初めての土地へ行き、情報を得たいならば、行く場所は寿司屋と決まっています。
みなさんも良ければ参考にして下さいね。

( 続きは <後編> 3日目・4日目へ )

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International Code Flags

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●原点を見つめ直すデザインの旅

JIBは昨年は30周年を迎え、早くもまもなく31周年を向かえます。
30周年からの一年間は『新たなJIB』をテーマに、
今までとはまた違うコンセプトでJIBのラインナップを作ったり、
新たにヴァージョンアップしたりしたりと、さまざまに試み取り組んできました。

しかし同時に、私たちがこの一年通して行ってきたことは
『原点に立ち戻り再びトライしてみよう』という事でした。

創設当初のデザインや発想を今一度見直し、今在る感性と融合させ、
まるで新しいものとしてリデザインをしたら、みなさんに喜んでもらえるのでは?と考え、
また、それが「新しいJIB」にもつながるのでは、と考えてきたからです。

創設当初は、まだJIBの事を知ってる人もそんなに居ない、
売れるかどうかもわからない、そんな時代。
だから、私たちが考えたのは、ひたすらに「楽しい」商品。
手間暇かかるとか量産出来るとか出来ないとか、難しい事をあんまり考えず、
ただただ、無尽蔵に楽しい物を次々に開発していた時代です。

とはいえ、今だって同じです。
私たちの商品は、モノ作りのこだわりが変わらない限り、ぜんぜん量産出来ません。

だけど、あの頃よりはおかげさまでお客様の数も増え、
「お客様をあまりお待たせしないで買ってもらえる」という事に責任を持たせてもらえるようになったので、
「無尽蔵に手間暇かかるもの」というのは、
通常のラインでは作りにくいものとなっていました。

それならば、そういうモノは僕が作ろう、という事で、
作ってしまったリバイバルの企画の一つが「フラッグ」なんです。

JIBの歴史の中でさらに原点をみつめ、今までの印象深い思い出を表現しようと考えたのです。

また、去年の30周年のお祝いにと、パーティに駆けつけてくれた私の友人が、
あるポーチをプレゼントしてくれたのです。
それが、まさにあのフラッグ柄のポーチだったのです。
忘れていたわけでは無いのですが、自分が以前作った「フラッグ」の商品を
その時にありありと思い出したのです。
この体験がまた、フラッグシリーズを作る大切なきっかけとなっているのです。

●マリンブーム最盛1970~80年代

JIBがスタートしたころ、世の中はマリンのデザインであふれかえっていました。
ヨット、イカリ、ロープの模様、水平さんetcetc…

コルムの腕時計で有名なアドミラルズカップというラインには、文字盤に「数字」を表すフラッグがあしらわれたデザインもあります。

Corum アドミラルズ カップ
Corum アドミラルズ カップ

しばらく経ってタグホイヤーも同じようなコンセプトで作ってきました。
リチャードジノリの食器にもあります。

ジノリの食器にもCode Flags!
ジノリの食器にもCode Flags!

いずれも、皆さんも一度はご覧になった事があるものだと思います。

その頃、もちろんJIBもポーチなどを作っていました。フラッグの柄は、なんといっても、デザイン的にもうってつけなカラフルさと可愛さなんです。

28年前のポーチの写真
28年前のポーチの写真

●International Code Flags(国際信号旗)

International Code Flags(国際信号旗)
International Code Flags(国際信号旗)

国際信号旗は一つの旗でアルファベット一文字や数字一つを表すもので、また単にアルファベットというだけでなく、そのひとつひとつに意味があります。意味さえ把握出来ていれば、この旗は、たとえ言葉が通じなくても、旗ひとつでメッセージを相手に告げることができます。

こう聞いただけで、ちょっとワクワクしてきませんか?

しかし、アルファベットならばアルファベット柄にすれば良いじゃないかと疑問にお思いになりませんか?
アルファベットならば単に文字で、それぞれの特徴を遠くから見極める事は難しい場合もあります。
それぞれの旗の柄に特徴を持たせる事で、遠くから見ても判別しやすくする為に、こんなにも柄にバリエーションがあるのです。だからこそ、デザインとして捉えた時の楽しさは、誰もが見逃せないものだという事なのでしょう。

その昔、だいたいの外洋ヨットマンは、おおかたの意味は把握しており、実際にその旗を掲げて外洋の出入国の際などのコミュニケーションで使い、言葉が違っていても旗の意味は世界共通、しかも、見れば判る仕組みなのですから非常に実用的な存在でした。

しかし現在では、衛星技術が進み携帯電話やナビなどが普及しているため、その昔、私が船舶免許や無線免許を取った頃と今とは、大きく状況が違います。今ではこの意味のある素敵なデザインが活躍する機会も少なくなった事でしょう。

●フラッグの意味を知って使う、もう一つの楽しさ

では、そのフラッグにはどのような意味があるのでしょうか。

例えば「A」旗は「I have a diver down; keep well clear at slow speed.」
「私は潜水夫をおろしている。微速で充分避けよ。」という事を表し、
「C」旗は 「Yes」  まさに「イエス」です。

例えば「K」は「I wish to communicate with you.(私はあなたと話したい)」
という意味ですので、
例えば気になる相手にこのメッセージを送ったらどうでしょう。
「(私はあなたとお話ししたいわ!)」という、なんともお洒落なメッセージが伝わるのです。

「V」「I require assistance.(あなたの援助が欲しい)」
なので、女性から男性への、さりげない告白にもなりませんか?

「U」は「You are running into danger.(あなたは危険に向かっている)」だから、
煙草をたくさん吸う人にこのメッセージを送ると、これ
もまたお洒落な警告メッセージになります。

ちなみに、私が40数年間のヨットライフで使用したのは、検疫を待ちますという意味の「Q」旗「イエローフラッグ」を2回だけです。
「Ship meets health regs; request clearance into port. (本船は健康である。検疫交通許可証を交付されたい。)」
外洋航海から帰国し、和歌山、そして小笠原諸島の父島で入国した時の事です。

このように、海上に於いて主に船舶同士のコミュニケーションに使うのが本来の目的ですが、
その意味をちょっと知っていると、アレンジして使ってみるのも、お洒落だと思いませんか。
(※但しあくまで個人的な範囲でお使い下さい)

柄が凝っていてそれぞれが可愛い、というだけでなく、このように素晴らしい意味あるものを、みなさんも使ってみると楽しいのではと考え、フラッグシリーズをリニューアルしたのです。
そんな風にこのフラッグのシリーズを見てみると、また違った楽しさが生まれませんか?

International Code Flags をデザインに取り込んだ、「Flag Duffle Bag」のページもご覧ください。

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